コラム

column 28 「海外(そと)に出ていくということ」
  自分の経験を全面に押し出す物の書き方は、作家としては如何なものか・・・という持論の私。無論、日本には私小説という特異な分野が発展してきた土壌があるので、受け容れる姿勢はあるだろうけれど、私は個人的生活を切り売りするのはゴメンである。大して面白くもないし。
 だが、しかし。そりゃあ、色々なことを経験していた方がネタになる。特にエンターテインメントの小説家は。それを意識するに当たり、思考ベクトルが外に向く。ソトは、私の場合海外である。海外への旅は、何と言っても、自己鍛錬にはもってこいだからだ。物一つ買うにも、努力が必要になる。お金の種類、勘定の仕方すら変わるのだから。そしていちいち換算する、円にすると・・・高い? 安い? 汽車の切符が買えた。乗れた。未知の場所に辿り着くことが出来た! 食べ物はどこで買える? 今日はどこで寝るんだ・・・と、一事が万事新鮮、そして根本的な生活能力を問われるのだ。それは無論、人に頼らない旅の仕方をするからという前提の元に成り立つ経験である。誰も知る人間のいない、時には言葉すら通じない所に一人取り残されてみる。なかなかパワーの要ることである。色々困難にも対処せねばならないし、嫌な目にも遭う。そのうちそれらを乗り切る力がつく。(まあ、嫌なものは嫌だけど......。)その蓄積は馬鹿にならない。そうしているうちに、自分というフィルターが日本人であることなどどうでもよくなってしまう。そして小説の舞台が海外になる。登場人物が日本人でなくなる。
 とか何とか言いながら、ニューヨークへテニスのUSオープンを見に行ったり、イタリア対スペインのサッカーの試合をバルセロナで見たり、世界中の美術館をへたなキュレーターより見ていたり、スカラ座やコンセルト・ヘボウで音楽を聴き、エストニアで10日もぶらぶらしたり、拳銃を一通り撃てるようになったり、セスナを操縦してみたり・・・あー、面白い、のだ。

北江亜音 (作家/「日輪を餌う月は血の色」好評配信中)

編集部ひそひそ話  −時間について−
 先日、編集部でスピルバーグの「A.I.」の話になり、2000年後のシーンを説明するのに「時間を下って」という言葉が出て気になった。
 元々、日本語には「時間を遡る」という表現がある。これには、過去や物事の本源へ進むという意味がある。そう考えると「未来へ行く」ということは「時間を下って」という表現になる。「時間を下って」は間違った表現ではない。
 しかし、ぴんとこないのである。「時間を下る」を英語に直訳するとTime downとなり、英語ではまったく違った意味になるだろう。混乱しやすい言葉だと思う。
 よく考えてみると「時間を下って」という言葉は時間の流れを常に動いている川の流れに比喩した日本語らしい情緒的表現である。『川の流れのように』など流行歌にも歌われており、日本人の時間感という根深いものもあるだろう。この表現が定着した当時はタイムマシンという発想もないので、時間とは何かいう哲学的思考も入っているはずだ。
 スピルバーグの「A.I.」から、話はそれてしまったがつくづく、言葉は文化であると思った。
渡辺


 1985年のつくば科学万博で、2001年に届くハガキを書くコーナーがあった。その名も「ポストカプセル2001」。16年後の2001年までハガキは保管される。だが、私は当時、そのコーナーを横目に見ながら参加しなかった。普段の私ならすぐに飛びつく企画なのに、なぜやめてしまったのかは覚えていない。
 あれから時は流れ、今年の正月、ポストカプセルが解禁になった。友人のところには、数年前に亡くなった知り合いからのハガキが届いたという。思いがけない便りに目を潤ませていた。
 16年という歳月は決して短くはない。科学は確実に進歩した。社会の制度も、人の考え方も、移り変わっていく。
 それでも、頭の中で一瞬にして戻れる時間でもある。おぼろげながらとはいえ、当時自分がしていたこと、考えていたことが思い出せる。あの頃、21世紀は未来の象徴だった。
 今年、2001年。誰もが思っていることだろうけれど、時の経過というのは不可解極まりない。 
 それにしても、どうしてあの時、未来の自分あてのハガキを書かなかったのか。今になって大変後悔している。16年前の私からのメッセージが、今はとても欲しい。
みらい

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