つい最近、NHKで、ソ連崩壊後独立10周年を迎えるバルト三国のひとつエストニアが、現在、エイズ・麻薬禍で大変なことになっているという番組をやっていた。エイズ爆発地域として、WHOから名指しされているという。‘ながらTV’で、最初から最後まで真剣に見ていたのではないが(終いには寝てしまった――)、私には非常に印象を残した。私は、5年前に10日間も彼の地でぶらぶらしていたことがあったからだ。それも、ついでではなく、わざわざ行くと決めて、行ったのである。これという目的はなかった。ただソ連後の元連邦内共和国が、如何にして成り立ってるのか見たかったし、その中でも、私は大学時代、一応北欧史で卒論を書いた関係から、広義の北欧地域とも言える地を選んだのである。実際、フィンランドからプロペラ機で30分余りの対岸なのだ。
物資はそれなりに潤沢で(あくまで旧ソにしては、だが)、首都タリンはハンザ同盟の有力都市のひとつであったという歴史を持ち、中世の街並みを今に遺す。古くから列強に揉まれて宗主が代わる中で、影響が強く残っているのは、ドイツとソビエト(ロシア)だ。ドイツ土産のひとつは、ルター派プロテスタントの圧倒多数。後のロシア支配でロシア正教が押し付けられ、更に宗教は麻薬という時代を経て、今日プロテスタントを取り戻した彼等は、ロシア正教時代の聖像画(イコン)を大量に売りに出した。アンティークとして人気があり、町中にばらまかれた骨董屋には玉石混淆のイコンが溢れていた。私はキリスト教徒ではないが、美術としてイコンが好きで、赴いた各国の美術館にイコンがあると舐めるようにして見て歩く。(今や自分で描いてみるに至り、描き方本の翻訳まで手伝っている始末。)石畳の城壁跡の内側至る所にイコンが並び、正に町全体美術館状態だった。私はそれを一軒一軒せっせと見て回り、別に昨日描いて古びをつけた物だろうと、気に入ったならいいと一点購入し、大事に抱えて日本に持ち帰った。円に換算して1万円ちょっとだった。布を着せた、たいそう古そうな聖母子を天使達が取り囲む図である。
その時、私はこの国がエイズ爆発に見舞われるなど思いも寄らなかった。その主たる原因の、道端や公園で注射器を突き立てる姿を見たこともなかったし(ドイツなどでは、真っ昼間からよく見掛けた光景だ)、酔っぱらいくらいはいたが治安も良好だった。人々もまだ穏やかだった。あの頃は。経済の破綻や諸々の失敗については、件の番組でも解析していたが、ふと思う。それは、“神を売った”罪なのだろうか――。否、ロシアなどは要らなくなったものではない、間違いなく自分達の宗教を切り売りして外貨を稼いでいる。教会からイコンを引っ剥がして密売しているくらいだ。それが飢えた人のパンになるのなら、キリストも赦すのかも知れないが。(実のところただの儲け話。マフィアの商売だ。)
多くの日本人はどこにあるのかも知らないであろう、遠くの美しい小さな国の転落を、そこから持ち帰ったイコンを見遣りながら、悲しく思う。
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