バブル景気の煽りで国分寺の家が立ち退きになったのは、湾岸戦争が勃発した頃だった。アメリカの爆弾在庫一掃セール&最新兵器見本市。よくもこれだけ人殺しの技術を開発し続けているもんだ。ベトナム戦争を反省する映画が数多く生まれた時はアメリカの良識ってのを感じたのになあ。
けっきょくアメリカが反省したのは戦争をしたことじゃなくて、戦争に負けたことだったんだな。日本で憲法改正を叫ぶ男たちの顔も同類に見えます。
さて今度はどこへ住もうか。海のそばは、と金沢八景や逗子を見た。東京下町は、と葛飾柴又を見た。どこも家賃が高いなあ、国分寺の家ほど安くて住みよい家なんかないよなあ、と嘆いている時、ショートショート仲間が住む大宮に行ってみて、喜んだ。断然安い。バブルの波は浦和あたりで止まったらしいのだ。それに初詣での人出で有名な氷川神社から連なる広大な大宮公園が気に入った。
不動産屋に行くと、なんと緑豊かなその公園の中に貸家があるという。一、二階を使うテラスハウスで、よ、4万8千円だとぉ。――と飛びついた人はぼくだけらしい。2年も空家だったと言うから。駅から徒歩25分だし、家は古い。よく見ると二階が傾いている。裏は公営テニスコートで騒がしい。
でもぼくは通勤するわけじゃない。マンションより古い家がいい。平衡感覚が鈍い。テニスが大好きだ。それになんてったって――公園の中だぜ!
こうしてぼくはホームレスでもないのに、公園の住居者になった。じつはその一画に住宅地ができた後、周りが公園指定されて取り残された形になったというわけだ。
朝、家を出ると、いきなり公園のメタセコイアの並木道というのが嬉しい。
2、3分歩くと、池を囲んだ巨大な遊水地があって、緑の土手と原っぱは子どもたちの天国、夕方には犬の散歩仲間があちこちで集う。遥かまで視線を送れる空間は目にも心にも快い。しかも春は一面の桜堤になるのだ。いつも光が溢れている。
東京に出た日の帰り。駅近くに置いたバイクに乗って、家に向かう。大宮公園は夕闇に閉ざされて、訪れた人々がみんな帰ってゆく。それと反対にぼくは人気の絶えた公園の中に走りこんでいく。そのたびになぜか笑いたくなるのだった。
その後、湾岸さながらのとんでもない戦争に巻きこまれるなどとはつゆ知らないで。
(つづく)
|