コラム

column 35 「救世主登場」
 ネコ、イヌ、トリの3匹を従えた隣家のおばさん。ほとんどモモタローだね。飼っても良いから迷惑をかけないで、と言っているだけなのに、自称動物博愛者からはぼくが冷酷無比のオニに見えるらしい。
「あのトリはうるさすぎる」と言うと、モモタローは、
「カラスだっていっぱい飛んでて、うるさいじゃないの。動物を愛する心を持ちましょう」だって。呆れて、反撃の言葉さえ浮かばなかった。
 抗議の手紙を入れると「陰険だ」、不動産屋に相談したら「チクった」ととりつくシマがないばかりか、それに尾鰭をつけて近所に触れ回っているらしい。それまで普通に接していた奥さんたちのぼくを見る目が変わりだした。ああ。  しかしモモタロー軍団に対抗する術は見当たらない。憂鬱が募り、日々に敗色が濃くなっていく。そんな時だった。
 忘れもしない1995年、小雨上がりの6月26日。大宮公園でぼくは生まれたばかりの子イヌを拾ったのだ。ダンボール箱の底でもそもそ動く茶色い固まりはまだ目が開かず、モグラみたいだったので、とりあえず――モグ。
 イヌ用ミルクを買いに走り、ベッドとトイレを調え、飼育本を読みあさり・・・とするうちにモグは柴犬似のかわいい雑種犬に成長した。そして元気に吠え始めた。大きな声で。そう、隣のおばさんに向かって。
「そのイヌ、なんとかしなさいよ。顔見るたびに吠えて。憎たらしい」
「あれ。動物好きじゃなかったの」
「ちゃんとシツケをしてくださいっ」
「あんたのイヌもぼくが通るたびに吠えるじゃないか」
「あれはわたしがわざと吠えさせてんですっ」
 ね。呆れるでしょ。しかし今度はぼくも黙っていなかった。
 厚顔の額に走る苦渋のシワは明らかなダメージを物語っている。動物博愛者を名乗る限り、モグを飼うな、と言えない。迷惑、と言えば自分に跳ね返る。自縄自縛とはこのことだ。ぼくは知らないうちに究極の対おばさん兵器を育てていたのだ。  野太い吠え声とともに、ぼくの反撃は始まった。
「あんたさあ。まず自分のシツケをしたらどうなんだ!」
 モグはノラネコを家の周りから駆逐して、形勢は逆転した。平和の日が見えた。  あの雨上がりの朝、神様はぼくのもとに救世主を送り届けてくれたのだ。
(つづく)



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編集部ひそひそ話  −救世主−
 午前4時、ゴールデン街にある『if…』に1歳のコタロウと4歳のサクラを連れてマスターがやってくる。ママと交代する時間だ。店を片付けている間、私は子供を連れてゴールデン街を散歩する。2階に住んでいる住人が眠れないのかベランダでタバコを吸っている。通りすがりのオカマちゃんが立ち止まって声をかけてくる。酔っぱらいも笑顔を見せて声をかけてくる。「あら、かわいいわね」2階から聞こえた声は優しい声だった。
 子供がいるだけで救われたような気持ちになる時がある。
 午前4時、夜明けと共にやってくる彼らがゴールデン街に現われた救世主に見えてくる。今日もかなり酔っている。

渡辺


 救世主、すなわちメサイア。ヘンデルの有名なオラトリオ、「メサイア」を思い浮かべた。聖書になぞらえ、救世主の誕生、受難、復活、勝利を描いた楽曲。ヘンデルはこれを作曲するのに寝食を忘れ、たったの23日間で仕上げたといわれている。その途中、「神を見た」とも。彼の集中ぶりがうかがえる。これを書く前のヘンデルは創作活動が下火だった。そんな状況のときに依頼された「メサイア」。初演は英国国王を立ち上がらせるほど素晴らしく、大成功だったという。
 どんなことでも一心不乱にやれば、神、いや救世主が現れる、ということなのかな。


みらい

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