コラム

column 37 「もうすぐアルファ・ケンタウリ」
 最終回は、星新一さんのことを書こう。星さんがいなかったら、ぼくは作品を創作する、そして誰かに喜んでもらうという歓びを知らなかったに違いないから。
 日本文学の本流が芥川・直木賞周辺だとすると、娯楽性では同格のミステリーと比べてもSFはまったく評価されてこなかった。文壇などどうでもいいのだが、中学生ぐらいからの幅広い年齢層に愛読され、文学への大きな導入役を果たしている星さんを流れの外に置いたままでいるのは、狭量に思える。
 年々新しい若い読者を獲得し続け、古びることがない星作品はいわば文学界のビートルズなのだ。そう思えば、日本文学のどこにビートルズがいるだろう? 百年経ってわかっても遅いよ。万葉集や源氏物語、夏目漱石や芥川龍之介といっしょに残っているのは星さんのショートショートだとね。
 どこが違うのかなあ。星作品の登場人物は顔がなく、会話は平板で、人間関係も希薄だ。役を割り振られた人形たちのようだ。生々しさがまるでない。・・・これでは人間の生をえぐりたい日本文学から遠く置かれても無理はない。
 だが違うのだ。ふつうの文学は人間を、家や町や都市の中に置く。そして呼吸が聞こえる距離から見る。けれど星さんは、宇宙に人間を置いて、宇宙から見ているのだ。無限の空間と永遠の時間から小さな人間たちを眺めれば、細かい表情や言葉の抑揚や生々しい人間関係、生死のわずらわしさが消え去って、昇華されたドラマだけが見えてくる。・・・日本文学に宇宙からの視点を持ちこんだ。星新一はそう評価すべき日本の歴史に残る文学者だと思うのである。
 ぼくの唯一の長編『もっと人類を愛そう』を出版してくれた部長さんが、ぽろっと「星さんとこの人(ショートショートコンテスト受賞者たち)は暖かいよね」と言ってくれて、嬉しかったのを思い出した。あ、そうか、と思うのだ。
 星作品はクールに思えるが、手をかざせばほのかな暖かみが伝わってくる。それは宇宙に置かれた人間の絶対の温かさ、人類に対するいとおしさに違いない。
 残念ながら『ショートショート一番地』電子出版の報告ができる前に星さんは亡くなってしまった。他界の知らせを聞いた時、ぼくは星さんはSF作家だから、その魂は地表に近い天国などを突き抜けて、銀河系に旅立ったに違いないと思った。きちんと光速度限界の法則を守りながら。
 どうですか、前人未踏の外宇宙の旅は。もうすぐ最も近い恒星アルファ・ケンタウリに到達する頃ですね。ありがとう、星さん。
(おわり)


山口タオ(作家/『ショートショート一番地』好評配信中)

編集部ひそひそ話  −星新一について−
 星新一にはまったのは中学生の頃だった。親友の那須秀彦君がファンで1冊貸してくれたのがきっかけだったと思う。
 そして、はまった。『ボッコちゃん』『白い服の男』『悪魔のいる天国』など、貪り読んだ。私がSF道に入るきっかけになったのは星新一作品の影響である。エヌ氏など登場人物に共通の名前を使う手法は新鮮で、その当時ショートショートを書いていた私は、決まって主人公の名前をエヌ氏にした。
 その後、レイ・ブラッドベリ、フレドリック・ブラウンを知りSFマガジンへと突き進み、高校時代は同人誌を発行するまでに……。『ショートショートランド』はもちろん読んでいた。凄い雑誌だった。
 『ショートショートランド』出身の作家である山口タオさんと仕事ができてほんとうにうれしい。

渡辺


 小学生の頃、国語の教科書に載っていた作品を読んだのが、星作品との出会いだった。読んだあと、はっとする不思議な話だった。覚えやすい作者名はずっと頭の隅にあり、中学生になってから、図書館で星さんの作品を読みあさった。『地球から来た男』やエヌ氏シリーズでSFを知り、これぞショートショートか、と知った気になったのもつかの間、『殿さまの日』で目からうろこが落ちた。
 星さんは、人間と言うものを実にシニカルに描いている。だから病みつきなる。独自のスタイルを築くというのも、誰にでもできることではない。これぞ文学界のカリスマだ。ショートショートの火を星さんだけで終わらせたくはない。Boon-gate.comはどれだけショートショートに貢献できるだろうか。

みらい

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