学生会館という建物がある。サークルに所属する学生たちのための小部屋マンションとでも言おうか。何でも学生紛争の時に建設中で、その時占拠したままなのでまだ完成されていないそうである。大学にあるすべてのサークルが学生会館を使っているのではない。サークルには公認と非公認があって、公認サークルは何だかの組織の一員としてその小部屋(ボックスという)を使うことができるのである。だから古くからあるサークルが多い。戦前・戦後から続くサークルも稀ではない。先日東大の駒場寮が壊されて、学生文化の終焉の象徴とかいわれていたけれども、普通の人はぼろい寮を壊すことがなぜ学生文化の終焉なのか理解できないと思う。学生たちは夜な夜な集い、酒を飲み、ギターを弾き(今でも!)、語る(これも今でも!)のである。場所というのはそういう行為の絶対的な基盤であって、それがカフェテリアみたいな巨大な空間になってしまっては駄目だし、午前一時から明け方にかけてが、語りの舞台なのである。夜八時を回ると学生をキャンパスから追い出す大学もあるそうだが、それでは「非日常」を生産させる場所は生まれないのだ。きっとそういう駒場寮の文化の位相として野田秀樹氏の演劇は生まれただろうし、他にもそういった場所からメジャーになった人はたくさんいる。
法政の学生会館に話は戻るが、ちょっと汚い。いやかなり汚い。入学したてでウブだった私は最初の一歩を踏み出すのに勇気が要った。そして汚い建物の地下に進み、六畳くらいの広さの部屋に向かう。目的のサークルに入るためだ。途中の狭い廊下には尺八やホルンやバイオリンの練習に勤しむ人たちがいる。ボックスには物知り顔な先輩がいて、私の知らないことを百も千も知っている。自分が先輩になるとそういう知識が殆ど授業に拠っているとわかるのだが、初めは面食らう。まだ世の中を秩序立てて、系統立てて見ることができない私に現象と現象の繋がりを示して(語って)くれる。大仰な言い回しかも知れないが先輩の知識を通して初めて歴史が自分の隣に座るのである。そんな先輩の話が聞きたくて学生会館で朝を迎えては親に怒られた。
建物自体が老朽化していることも事実だが、学生会館が壊される時は、法政の学生文化も過去の遺物になるのだろう。
(つづく)
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