ショートケーキのバケモノみたいな雲海が、窓の外一面に広がっていた。そのずっと向こうには雲平線とでもいうのだろうか、空と雲の境界が、そこだけ色を奪われたような強い光の帯をつくっている。
コンチネンタル航空9便は最新のボーイング777で、エコノミー席にもひとり1台のビデオモニターが設置されている。けれども僕は、飛行機が太平洋を越えたころからずっと、窓の外ばかり眺めていた。ここはアメリカ上空。初めての海外がツアーでもなんでもない個人旅行。なぜこんなことになったのか、自分でもよく分からない。すべて勢いだけで決めてしまった。まあ、若気の至りということにしておこう。
乗り継ぎのヒューストンまであと3時間、そこから国内線でニューヨークに入る。僕にとって外国への入国も乗り継ぎも初めてのことで、出発前からそれがいちばんの不安材料だった。税関では「サイトシーン・フォー・ファイブ・デイズ」だけ言えばいい、と言われてきたが、本当にそんな簡単なものなのだろうか。乗り継ぎまでの猶予は2時間。別室に連れていかれたらどうすればいい? 「通訳をおねがいします」と英語で言えるか? 無事入国しても国内線のゲートまでたどり着けるのか? 乗り遅れたらここで引き返さなければならなくなるのか? いや、そもそも引き返せるものなのか? そんなことを考えていると無性にたばこを吸いたくなるが、機内はなぜか全面禁煙だった。仕方なくコーヒーを頼めば、また頭が冴えて悩みは深まるばかり。ヒューストン着は13:20の予定。この試練がそれでも昼下がりに訪れてくれることが、唯一の救いだった。僕はこのとき生まれて初めて、「夜が怖い」という感情を知った。
入国は非常にスムーズだった。機内で配られた2枚の申請書類とパスポートを見せて、それこそ「サイトシーン・フォー・ファイブ・デイズ」と一言。拍子抜けするくらい簡単に、僕はアメリカに入った。乗り継ぎもコンチのインフォメーションがすぐに見つかって、ニューヨーク行きの出発1時間半前にはゲートへ。待合所の椅子に深く腰掛けて、溜息をつく。アメリカ、恐るるに足らず。とりあえずそんな気分。
それにしてもNO SMOKING。ヒューストンの空港に降りてからもいちども灰皿を見ていない。もう成田から12時間以上吸っていないのだ。僕はコンチのカウンターにいた黒人のオバサンに訊いてみることにした。
"Can I smoke anywhere?"
この英語が正しいかどうか分からないが、心底の欲求から来る質問は自然に口をつく。
答えはNoだ。ノウ。映画で見た本物のノウ。オバサンは僕を喰ってしまいそうな勢いで、ノウ、と言ったのだった。
「吸いたければ空港から出て行け」
ゲートを教えてくれたインフォメーションは日本人だったので、アメリカに来てまともに聞いた初めての英語がこれだった。どうやらヒアリングの方も好調のようだ。
20:06。がらっと雰囲気の違う国内線でニューアーク空港へ着く。窓から見えたマンハッタンは壮大な夜景をたたえていた。バスターミナル。日本語とジェスチャーだけで乗合いのバン(箱型タクシー)を手配してもらい、ホテルへ向かう。機内では1時間も眠れなかったのに夜中の3時には目が覚める。
僕は、遠足とクリスマスと盆と正月がいっしょにきた小学生の、その何倍も踊り狂う胸を抱えて、ニューヨークの夜が明けるのを待ったのだった。
そんなわけで次回は疾風のマンハッタン徘徊編。どこに向かうかは、まだ決まっていない。
(つづく)
|