コラム

column 58 「What's a wonderful 日本語 world!」
〜その5・「帰宅すると美智恵は泣いていた」or「帰宅すると母親は泣いていた」人称と視点の話〜
 こんにちは。今回でこのコラムも終わりです。まだまだ文章修行の足りない私の、わかりにくい言い回しなど、読んで下さった方にはご迷惑もおかけしたと思います。さて、今日のテーマは、小説の中の語り手の視点と人称についてです。
 小説を書く人なら、一度ならず考えたことがあるのではないでしょうか? 例えばこういうことです。私小説なら、一人称で、語り手の視点と主人公の視点が同一です。谷崎潤一郎の『卍』や大江健三郎の諸作品がそうですよね。ですから読者は主人公に見えるものしか見えないのです。主人公が橋に立って川面を眺める。その時、橋の通行人の姿を見ることができない。別の作中人物が登場するにも欄干に肘をついている主人公が肩を叩かれるまで別の誰かがそこにいるということがわからない。しかし、これが三人称で書かれた小説なら、もう一つの視点を挿入させることができます。「その時、川面を眺める後ろ姿を見付けて近づいてきたのは竜子だった」とかいう文章が書けるんです。読者は川面の様子もわかるし、主人公の後ろ姿も見ることができる。しかし、ここにはもう一つ考えなければならないことがあって、もし、この語り手が主人公と近い位置にいるのだったら話が違ってくるのです。

例文1:詠子がバイトから帰ってくると、すでに十一時近かった。玄関の明かりは消え、鍵がかかっていた。鞄のどこかにいれたはずの家の鍵を暗闇で捜しているうちに、屋内から母親と父親の口論の声が聞こえてきた。

 ここでは主人公の詠子の肩の上に語り手の視点があるのがわかります。「母親」、「父親」があるからです。この二人は母親、父親である前に個人名があり、家を離れれば固有名詞で呼ばれるはずです。でもここでは詠子にとってこの二人が何者なのかということに興味が集中しています。そして登場する三人の関係を一発で説明することに成功しています。しかし、一度この視点を選択してしまうと母親は母親としてでしか、父親は父親としてでしか登場できなくなります。

例文2:部屋に入ってきた詠子の姿を見て、隆敏はそれまで張り上げていた声を落とした。そして、美智恵の顔を見ないまま、寝室に入った。二人は田舎で暮らす母親のことが話題にのぼると必ず喧嘩するようになっていた。

例文3:部屋に入ってきた詠子の姿を見て、父親はそれまで張り上げていた声を落とした。そして、母親の顔を見ないまま、寝室に入った。二人は田舎で暮らす母親のことが話題にのぼると必ず喧嘩するようになっていた。

 例文2と3では、語り手の視点がどこにあるのか明確に違っているのがわかります。2では両親の具体的な名前を使っています。ですから例文3で、視点が詠子にあるまま祖母のことを「母親」というのに無理が生じます。それに例文2のほうが父親=隆敏の個人としての存在感があります。

例文4:詠子はこういう場面が堪らなく嫌いだった。何について二人が争っているにせよ、それは全部自分が原因のように思えた。子どもじみた発想だとはわかっていても、父親と母親には睦まじく向き合っていてほしかった。そんな詠子の気持ちを無視するように父親は寝室のドアを、刺々しくバタンと閉めた。

 こうなるともう、読者はこの両親を詠子の立場から眺めることになってしまいます。閉めたドアの音が大きくなってしまったのは故意ではないという可能性を考えられません。真実は決して書かれていないのです。詠子がどう感じたかが問題になっています。
 このように、人称や語り手の視点というのは小説の大きな要素です。魅力的に描かれた作中人物が何人か登場するのが面白い小説だとします。でも、対人恐怖症になった主人公の一人称小説、もしくは主人公の肩に語り手が乗っている小説ならば、脇役の人々を魅力的に描くことは困難です。しかし、語り手が神の視点を保っているのならそれが可能になるのです。
 今流通している小説の多くには、一人の主人公に語り手が肩入れしすぎる傾向があるのではないかと思っています。「どう書くのかではない。何を書くのかが大事だ」とよく言われます。私もその通りだと思います。そしてこの人称と語り手の視点の問題は、「何を書くのか」という範疇に入ることだと思います。

(おわり)


淘山竜子(作家/『魂の緒』好評配信中)

編集部ひそひそ話  −日本語−
 人の意識の在り方には未だ謎が多い。意識とは何か。感覚の対象か。それとも感覚そのものか。言葉無しに意識を保つことはできるのか。母乳とともに日本語を飲み育ち、日本語でものを考えている。この言葉以外に思考法を知らない。
国際化が進むにつれ、多国語を巧みに操る人々が増えている。身近にもイギリス人の父を持つ甥・姪がおり、小さい頃から日米英3国を行き来していた。冗談や口論を多言語で交わす様子をしばしば見聞きした。一方、全くの外国人でありながら、流暢に日本語を操る人たちが増えている。その実状を、メディアを通じて知る機会が多い。あの人たちの脳神経は一体どんな配列になっているのか、と感嘆する。そして、ひとつの言葉しか知らずにいることを当然と思いこんでいることの不自然さを嘆かわしく思う。誕生後間もなく訪れる敏感期に多くの言葉に囲まれて育てば、誰もが多国語を解するようになるだろう。アフガン語やヒンデゥー語で現地の人たちと会話する若者が現れてもいいではないか。
また、例えばパソコンOSについても同様に考えられる。OSがWindowsに席巻されている現状は好ましくない。Mac や BeOSなど劣勢に追い込まれている既存OSがかつての勢いを取り戻してほしいと願う。そのほか、まったく新しいOSが出現し、未知の地平を切り開くこともあり得る。人々のチャレンジ精神次第だ。
自分自身のチャレンジ精神を顧みると、Mac から始めて Windows、Linux とトライしてきた。ここまでやってきたことは、少しは自分を褒めてやってもいいか。しかし、伊能忠敬の気力には遙かに及ばない。このところ、いささか息切れしている。気を取り直して、システムやネットワーク知識に再挑戦してみよう。若かりし日に挑んだ英語・英文学の勉強にも。



 「韻を踏む」――これは洋楽の基本である。John Lennonは常に押韻を意識して歌詞を書いてきた。英語は韻を踏みやすい。Johnはロックという名の楽譜上で、その特徴を最大限に活かし切ったアーティストといえるだろう。
 日本の音楽シーンではどうだろうか? 一般的に日本語は英語の歌詞に比べて韻を踏みにくいと思われている。しかし、その先入観や言葉の壁を打ち破ったミュージシャンが2人いる。桑田佳祐(Southern All Stars)と桜井和寿(Mr.Children)である。桑田の書く歌詞には、そもそも日本語、英語といった言語の国境線が存在しない。デビュー当時からすでに桑田語は確立されていた。イギリスやアメリカのミュージシャンの真似ではなく、ロックのメロディに堂々と独自の日本語を乗せた最初の人である。
 日本語の押韻にポイントを絞れば、桜井の書く歌詞は特に面白い。♪『my life』:「62円の値打ちしかないの? 僕のラブレター 読んだのなら返事くらいくれてもいいのに」「なにげなく歩道を歩けば 壁の破れた映画のポスター 君を誘って断られたっけ」「ちょっぴりうぬぼれてた僕も ついにフラれた」→“ラブレター”と“やぶれたー”と“フラれたー”……品詞が異なろうが、カタカナであろうが漢字であろうが、響きさえ同じであればいい。この発想は英語で韻を踏む時には生じ得ない。「Imagine all the people〜」と歌った想像力の天才John Lennonでさえ、そこまでの自由度を歌詞に持たせることはなかった。桜井のセンスは、何のプライドにも邪魔されない貪欲な吸収力と、決して模倣で終わらせない懇篤な創造力に支えられている。
 このコラムのなかで、僕なりに押韻に挑戦してみたが、気づいていただけただろうか。

聡志


 日本は酔っ払い天国だとよく言われる。「こいつ酔っ払ってるから」でゆるされる場合が多い。夜になると酔っ払いが日常的に歩いている。日本人は酔っ払いに優し過ぎる。
 しかし、酔っ払いの害が自分に及ぶと話は違う。酔っ払いにからまれると始末に悪い。何を言ってもダメなのである。そういう時は自分も酔っ払って、大きな声でからみ返すといい。酔っ払いも心得ていて、からみやすい人を選ぶのである。
 先日のことである。ゴールデン街のいつもの店で、ママが疲れているのか、投げやり状態なので「ママ、やさぐれてるね」と言ってしまったのがまずかった。「やさぐれているように見える」。ママはとたんに不機嫌になってしまった。
いつも飲んでいる天才バカボンのパパと同い年のIさんにも「やさぐれてるはひどいよ」と怒られてしまった。
 「やさぐれる」ってそんなにひどい言葉なのか、早速調べてみることにした。
調べてみると驚くべきことがわかった。「やさ」は警察の隠語で「家」のことで、
それに「ぐれる」で家出人のことを指す言葉らしいのだ。それが若者の間で使われるうちに「投げやり。すねる。」という意味に変わっていった。
 私は「ママ、家出人のようだね、どうしたの」と言ってしまったのか。「やさぐれる」をここで明確にしようではないか。「やさぐれる」は「投げやり。すねる。」という若者言葉である。
 私は別に酔っ払ってからんでいるのではない。今はしらふである。

渡辺

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