column 06 「石ころのように」
Boon-gate.com編集長

 日常に倦むと旅に出たくなる。その情動は31になった今でも変わらない。旅とは空間的な移動を指すのではなく、心象風景の変遷を時間的に蓄積する行為だと思う。
  例えば歌舞伎町界隈の路地でふと嗅ぐことのできるアジアの濃厚な香り。その時過去の心象風景が目蓋の裏側で表象される。96年のホーチミン。気だるい南国の風とともにホテルのバルコニーから、サイゴンと呼ばれた街のネオンを眺める自分がいる。夜空に響き渡るバイクの音と何処からと流れてくるクラブのサウンド。天蓋にはゆっくりと旋回するファンが蚊帳のコットンネットを揺らしている。ベットサイドに置かれたロバート・キャパの書籍とくたびれたバックパック。すべてが鮮やかに私の中枢神経をくすぐる。 あるいはミルクコーヒーのような茶色い大河を見つめながら、これがメコンだと誰かが呟いた一言。サイゴンから乗合バスに揺られて辿り着いた大きな景色。船上に運ばれるバスはマルグリット・デュラスの「L`Aman」の一節を思い出させる。車内で仲良くなったベトナムの女性が太陽で光る水面を目で追っていく。深い河なのだ。やがて日が暮れて僅かな採光は月のみとなり、メコンを漕ぐ櫓の音が心に沁みてくる。 そんな心象風景を時々私は町の路地で拾い上げる。それこそ私の旅。旅はいつでも私の足元に転がっている。石ころのように。  



編集部ひそひそ話 ― 旅について

 V6の訪問で大盛り上がりの台湾。6人が大勢のギャル群に騒がれ、えらいことになっていた中正国際空港に私も降り立った経験あり。今年のお正月のことである。子供の頃“旅人になりたい”と思っていた私としては、21世紀はその頃の気持ちを思い出していっぱい旅行するんだあ、と決めていた。だからその企画?の第一歩である台湾旅行が楽しい旅で終ったことは、今後の「旅人人生」への祝福みたいで嬉しかったものよ。それにしてもなんで旅人になりたかったんだろう?そもそも乗り物、まるでダメだったくせに(今もダメだけど)。厳しかった親から逃げ出したかったのかなぁ、と思うと幼き自分、いとあわれ。最近の「早く旅に出たい」という気持ちもここではないどこかへ旅立ちたい気持ちの表れなのか???ねえ、編集長?
ならもも

 茨城の北西部にある袋田温泉は袋田の滝があることで有名な観光地である。私の田舎で観光地というと、ここくらいしか思い浮かばない。地元ということもあって、数え切れないほどこの滝を見てきた。温泉街よりも温泉地といった、わずかにホテルが点在する奥座敷と言った所だ。去年、私はここを妹と歯科医の妹の恋人と私の両親で訪ねた。川沿いにある露天風呂を男3人で遊ぶことになった。私は午後の日差しを浴びながら不思議な時間を過ごしていた。妹の彼氏というのは微妙な立場である。結婚と言う言葉は禁句だった。川の音と蜩の声だけがしている。彼の緊張感が伝わってくる。もし、彼の立場が私だったら。そう考えると気の毒に感じた。「それでどうなの、妹とは結婚するの」。私は禁断の言葉を口にした。「はい」。彼はのぼせて真っ赤になった顔を上に上げて、元気良く答えた。それから、父がひとりだけ川で水浴びをしに行った。
  あれから、半年経った。時々、彼に歯を治してもらっているが、結婚の話はしていない
渡辺

 土日を使っての国内旅行には良く行く。去年は名古屋、大阪、神戸に行ったし、今年に入ってからはすでに仙台と富山に行った。実は、これらには観光以外の共通の目的があった。私は某・革命を起こすアーティストが大好きで、彼のライブに合わせて遠征するのである。東京での公演はもちろん行くが、それだけでは飽きたらず、休みを使って行って来られる距離ならば、同じツアーであろうとお構いなし。旅行に行くのか、ライブに行くのか微妙なところで、友達にもあきれられているが、一回で二度おいしいのだからやめられない。もちろん、観光に使える時間は限られるが、それでもいいの。好きなアーティストの姿を拝み、歌を聴き、たっぷりアドレナリンを発散して、そしてその土地の名物を存分に味わって帰ってくる。私流の旅の仕方なのである。
みらい

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