「おめでとうございます。田中さん。あなたはノーベル科学賞を受賞致しました。」
突然のノーベル財団からの知らせ。だが、田中(たなか) 一(はじめ)は驚きはしなかった。
自分が今年、ノーベル賞を受賞するであろう事は、ある程度予想がついていたからだ。
学会でも、田中 一の受賞は有力視されていた。
そうは言っても、やはりノーベル賞受賞は嬉しい。長年の自分の研究。そして生き方が認められた事でもあるのだ。じわじわと喜びが込み上げてくる。しかし田中には、ただ悔しい事が一点あった。
できれば、この知らせを母に伝えたかった・・・優しかった母に・・・
どんな時でも、自分に理解のあった優しい母は去年他界してしまった。自分の、この受賞を母は何より喜んでくれたに違いない。いいかげんな父や兄とは違って・・・。
時代の兆児となった田中 一の境遇は不幸なものだった。
父親は、田中が幼い頃から奇行が多く、近所でも問題ばかりを起こしていた。今にして思えば完全なネグレクト(育児放棄)だったと思う。そしてそんな父は、次男の自分には目もくれず、兄ばかりを可愛がっていた。父はいつも兄とばかり遊んでいた。そしてその兄は決して勉強が出来た訳ではないが、世間的には自分を差し置いて、天才と呼ばれていた。兄は文学家を気取っていたのであろうか?幼い頃からいつも着物を来ていたのを憶えている。
父や兄はどうしているのだろう?どうせ、今も気ままな暮しをしているに違いない。
人々に迷惑を掛けながら・・・
田中 一のノーベル賞受賞は内外を問わず大きなニュースとなった。地上に降り注ぐ酸性雨をアルカリイオン水に変える方法を発明し、それを装置化したものは今では世界中の森林伐採地や開拓地に設置され、環境破壊を食い止める大きな功績を残している。
田中はマスコミにも大々的に取り上げられた。しかし、その不幸な境遇の事は、決して自分からは口にしなかった。僕は、あんな人間達とは違うんだ。僕は、努力の天才なのだから。
ある日、思わぬ知らせが、ある記者から届いたのである。
受賞のインタビューに答える田中の目前に、一人のインタビュアーが現れた。
「田中さん。あなたのお父さんを見つけましたよ。随分と会っていないそうですね?あなたに受賞の喜びのビデオメッセージを預かりました。見てもらえますね?」
「なんだって・・・?行方しらずだった父が?そんな・・・」驚く田中の前でそのテープは静かに回り始めた。
『ハジメ。ノーベル賞受賞おめでとうなのだ。バカボンも喜んでいるのだ。
ハジメの発明は賛成の反対なのだ。とにかくこれでいいのだ。』
馴染みのある声と特徴ある言葉が聞こえてくる。そして、その画面からは馴染みのある鉢巻を巻いた顔にいつもの鼻毛が揺れていた。
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