コラム

document 02 「トゥクトゥク初体験の巻」
 今回は、私と「トゥクトゥク」との出会いを書き連ねてみたいと思います。
 1991年1月。友人のいるオーストラリアへの道中、タイに6日間の滞在をすることに決め、バンコク国際空港に降り立ちました。私にとって初めての東南アジア体験です。
 アジアを数ヶ月間放浪していた友人の教え通り、空港を出て日本人貧乏旅行者御用達の安宿を目指しました。「軟弱にタクシーなんぞに乗らず、ひたすら29番のバスで終着のバンコク中央駅まで行くべし!」その言葉を実践すべく、一番経済的なその安宿までの行き方を教わった私は意気揚々とタクシーの客引きを断り、空港前の道路脇バス停に立つのでした。
 しかし、待てど暮らせど29番が来ないのです。真冬の日本からいきなり常夏のタイへ来たものだから、滝のように汗が噴き出してくる始末。しかもバスの行き先表示は、ミミズのはったようなタイ文字なので、算用数字のバス番号だけが頼りです。周囲の人達はどんどんバスに乗って行くのに29番は来ません。空港前のバス停とはいえ、時刻表があるわけではなく「本当にここでいいのだろうか?ひょっとしたら、29番は廃止になって他の番号になってしまったのではないだろうか?」等、様々な不安要素が頭を駈け巡ります。いつしか私は、異国の街でいつ来るともわからないバスを待ち続ける不安な海外旅行初心者に戻ってしまいました。だんだんあせってくる私に、さっきから盛んに、タクシーに乗らないかと声を掛けてくる男がいました。もしかしたら、この男が、唯一この状況から私を救い出してくれる人なのかもしれない。もう限界。そう思ったら最後、私はいきなり迷子の目つきでこの男に声を掛けてしまいました。
 「チャイナタウン、ジュライホテル」友人に教えられた安宿の名前を試しに言ってみると、「ジュライホテル、OK!」「おおっ!知っているのか!これで助かった!」と160バーツ(約800円)で交渉の後、ボロボロカローラタクシーに乗り込みました。ちなみにバスは、たったの2バーツ(10円)。
車窓から見るこの国の風景は、東南アジア初体験である自分を十分に興奮させてくれました。何やら派手な色使いの三輪車タクシーがいます。「うーむ、あれは確かタクタクだか、ツクツクだか呼ばれているダイハツミゼットの生き残りだ」このくらいの知識はありました(正確には生き残りではなく、タイで生産されている)。「面白そうだな。乗ってみたいな」そして、その希望はすぐに叶うことになるのでした。
 「ここがジュライホテルだ」と言って降ろされたところは全く違うところでした。あのタクシーの運ちゃんは、はじめからジュライホテルなんぞ知らず、チャイナタウンだけで来たのでしょう。気が付いた時は、タクシーはもう逃げてしまった後です。やれやれ・・・・・・。この辺まで来ると、割と度胸がついてきたので、何となしに露天のカセットテープ売りのおばちゃんに身振り手振りで尋ねてみました。すると、いきなり空車のトゥクトゥクをつかまえ、「この日本人をジュライホテルまで連れってっておくれ!」と言ってくれたのでした(のだと思う)。
 親切なおばさんに別れを告げ、恐る恐るトゥクトゥクの後部座席に乗り込みました。足下にザックを置き、右手でルーフポールを掴みます。すると、ガツンという軽い衝撃と共に、トゥクトゥクは周りのクルマの流れに飛び込んで行きます。ウォーッ!初めてCB50(ホンダのオートバイ)で60km/h出した時の感覚が蘇ってきました!
 走行中は風をモロに受け、さっきまでの汗がサーッとひいてゆきます。ブレーキの度に体が前のめりになり、トゥクトゥクが左に旋回すると、後部座席の体は右側へ飛び出そうとします。足もとのザックを気にしながら、夢中になって両足で踏ん張りました。
 この時はまだ、その後十年以上に渡って、このとぼけたクルマを被写体として追いかけるようになるとは、知る由もなかったのです。

つづく


三澤徹也(写真家/『TUKTUK in Thailand』好評配信中)

(01)「トゥクトゥクとはなんぞや?」
(02)「トゥクトゥク初体験の巻」
(03)「トゥクトゥクQ&A その壱」
(04)「トゥクトゥクQ&A その弐」
(05)「タイで見かけた女性編」
(06)「もしかしてピー?編」
(07)「回想トゥクトゥク撮影紀行」
(08)「日本のトゥクトゥク事情」


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