コラム

document 100 「境界線vol.2」
 「結婚できる男」と「結婚しない男」の境界線。断っておくが、結婚できない男ではなく、できるのにしない男である。この違いは大きい。

 「結婚しない男」は私の周りにも多い。魅力的だし、生活力もある。しようと思えば明日にでもできるであろう男達。彼等に結婚しない理由を聞くと、いつもノラリクラリとかわす。こちらが想像するに「まだまだ遊びたいんだろうなぁ〜」。男は女が大好き。よって、恵まれているのに結婚しない男に対してはこのような結論を抱く。他に理由は見当たらない。世間的に有名なプレーボーイも例外ではない。
 ならば、遊び終えたら結婚するのだろうか? イヤな言い方をすれば女性に飽きるということになる。そこには個人差が生じるだろう。3人で満足な男もいれば、世界中の女性と付き合っても遊び足りないと言い出す男もいるはずだ。こんな曖昧さではラインは見えてこない。では、もっと深く追求してみよう。
 女性と遊ぶとは? 同時に複数の女性と交際(敢えて丁寧な言葉を使ってみる)する。彼女がいながら浮気をする。一度や二度、三度なら誰にでもあることだが、それが習慣になっている男。こういう男を「女好き」という言葉で片付けてはいけない。私も女性は好きだか、そういう行為が癖になることはない。理由は女性が好きだから。
 さぁ、徐々に見えてきた。「女好き」という言葉が秘める2つの意味。
(1)女性と交わることが好きな男。
(2)女性という生き物が好きな男。

 大きな違いだ。(1)の男は性行為ありき。(2)の男は性行為が全てではない。(1)の男は風俗にも行ける。(2)の男は行けない。それは女性との心の交流ができないから。私は(2)の男だ。女性は大好き。付き合ってなくても2人で食事に行ったり、遊びに行ったりする。しかし、性行為ありきではない。時には流れで……。でも、それを当たり前のようにはできない。なぜなら、女性が好きだから。人間として好きだからである。性行為がなくても満足できるし、朝まで語り明かすことがセックスより深く、難しいことも知っている。

 ここが境界線だろう。「女性が好き」か「セックスが好き」か。分かりやすく言えば「人間的本能」か「動物的本能」か。つまり、結婚できる男は人間的。結婚できない男は動物的。どちらも生きていく上で、必要な能力である。正直、私も時にはもっと動物的に生きてみたいと思うことがある。そういう男を羨ましく思う時もある。
 あなたも本能のままに生きてみては? まぁ、どちらの本能かはお任せします。

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 次回はどんな境界線を見極めるのか? こうご期待。

つづく
吉高寿男(作家『軽めの昼食』好評配信中)

(01) 「境界線 vol.1」
(02) 「境界線 vol.2」
(03) 「境界線 vol.3」
(04) 「境界線 vol.4」


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