NSC(吉本興業タレント養成所)の門を叩いたのが、俺が21の春。時を同じくして始まったドラマがある。それこそが『王様のレストラン』。俺の進路を決定づけたドラマだ。
ダウンタウンの松本人志さんに憧れ、芸人を目指したものの、同期にはダウンタウンかぶれは山程いた。当然と言えば当然なのだが、まるまるコピーしたような奴等までいたのには、流石に驚いた。人と違うことをしたい俺にとって、それはあまりにも不愉快だった。
「目標とする人は?」、ある日の授業で聞かれた質問だ。
「ダウンタウンです」、とても言えるはずがない。
野球選手がイチローを目指しているのと同じで、それは無理に決まっているし、その筋に詳しい連中が集まる場で、そう発言する事は、単なるミーハーに見られる恐れがある。
「三谷幸喜さんです」。それは覚えたての名前ではあったものの、目標にするには十分過ぎる程、彼の存在は輝きを放っていた。
本を書いて、それを演じる。書く才能と演じる才能がなければ、漫才師として一流にはなれない。しかし、俺には演者としての才能がなかった。どうしても照れが出てしまう。これは致命的な欠点だった。ならば書く才能はあったのだろうか?
「お前等のネタを爆笑問題がやったら、今直ぐにでもTVに出れるよ」。ある有名放送作家に言われた一言だ。この時から俺の目標は、照準を絞らざるおえなくなった。
『振り返れば奴がいる』、『警部補・古畑任三郎』、そして『王様のレストラン』。三谷さんの全盛期三部作といえるだろう。芸人として歩み始めた時期に、これらの作品に出会えた事は大歓迎の事件だった。書くと言う作業がおもしろく感じるのも当然の結果だった。舞台の上に立つだけが、芸人ではないとも思った。
三谷さんの凄さは、伏線の張り方と、ほどよい飛躍。この絶妙さが難しいのだ。
『ラヂオの時間』。未だかつて、この作品ほど観客が大笑いしている映画を観た事はない。いずれ松本さんも映画を撮るだろうが、あれほど笑わせられるだろうか。
書く事を学ぶ為に、松竹のシナリオ学校の門を叩いた。芸人からの逃げ道。そうは言わせたくない。なぜなら俺にとって、松本さんと三谷さんは同じタイプの人間だからだ。どちらも芸人的で作家的。唯一の違いは、ハングリーか裕福か。これが2人の進むべき道を分けたのだろうが、同タイプであることに変わりはない。俺はそう思う。
影響を受けた人物が大き過ぎて、自分のオリジナリティを無くしがちになってしまう恐れ。あの人も、この人も、俺にそんな悩みを抱かせてくれる、実に素晴らしい人間だ。
いつか必ず恩を返さねば。
次回は、映画の革命児、Q.タランティーノ監督です。
つづく
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