銀行強盗の映画なのに、銀行襲撃シーンがない。計画を練るシーンの次には、いきなり強盗を終え、刑事に追われている。こんな映画がおもしろくないはずがない。
Q.タランティーノ監督。彼の名前を知ったのは、シナリオを学び始める直前だった。漫才師を辞め、作家への道を模索していた頃。それまで映画を観る習慣などは持ち合わせていなかったが、シナリオを学ぶ上で最低限度の知識は必要。まして入ろうとしている松竹シナリオ研究所は、その名のとおり映画の老舗『松竹』が主催する学校なのだ。
でも、なぜ松竹なのか? シナリオ学校なら他にもあるだろうに。その答えは、吉本から松竹。単純にこの流れが格好良いと思ったから。深い意味なんてない。自分の履歴書に『吉本』『松竹』の文字が並んでいれば、何となく重みがある。まぁ、そんな程度の理由だ。
で、俺はシナリオ学校に通い始めた。一応試験はあったが、金の欲しい学校側が生徒を落とさないことくらい、吉本で学んでいた。案の定、シナリオを一度も書いたこともなければ、読んだこともない俺が、生まれて初めて書いたシナリオで合格した。
驚いたのは、落ちた奴がいたことだ。噂によると、受験生の数があまりにも少ないと、合格したとしても不安に思い、入学しない生徒が現れる恐れがある。そんなトラブルを避ける為に、松竹の社員がサクラになっていたとか、いないとか……それは俺が言っているだけだが。まぁ、もう学校自体が潰れるから、何を書いても怒られはしないだろう。アーメン。
授業が始まり、先ず驚いたのは、タランティーノの話をする者などいないと言うことだ。黒澤明、小津、ゴダ−ル、釣りバカ日誌。生まれて初めて無口になった。映画に関して、自分がいかに無知かを知らされた。当然、皆もタランティーノは知っている。でも好きではない。タラちゃんが好きな奴は、松竹の学校は受けない。遊び半分で入ったことを少々後悔した。せめて、松竹がどんな作品を撮っているかくらい、知っておくべきだった。見事に浮いていた。一人だけミーハーまるだしだった。
しかし、そんな自分のポジションが嫌いではなかった。まるで一緒に見える同期の生徒達。理由は兎も角、一人だけ違う自分。高い評価を受けることはなかったが、時が経つにつれ、俺が皆と異なる発想を持ち合わせていることを、周囲も認め始めた。すると自然と仲間が集まる。俺は皆から映画のルールや基礎を学び、代わりにアイデアを提供した。
似た目標を持った奴等の集まり。これは既に『吉本』で経験済だったが、大きく異なる点があった。それぞれが過去に何かしらの挫折を味わっていた。もちろん年齢層も高い。「俺は天才! 俺が一番! 必ず売れる!」、そんな考えの集団とは明らかに違っていた。皆が肩の力を抜いて、物を書く行為を楽しんでいた。どちらがプロを目指す姿勢として正しいのか。それは難しいところだろう。ただ一つ言えるのは、俺自身が「楽しむ」という行為を忘れていた。それを思い出させた。これは大きな転機だった。
俺も『お笑い』である種の挫折を味わった。それは俺から「楽しむ」ことを奪っていた。
作る人間が楽しめなくて、観る人間が楽しめるはずがない。タラちゃんは楽しんでいる。そんな空気が俺を引き付けたのかもしれない。彼から始まった俺の映画の歴史は、現在の俺を支えている。
ところで未だに俺は、黒沢や小津などの作品を観たことがない。その理由は簡単だ。娯楽を勉強の目的で観るなんて嫌だから。
次回は最終回。一ヶ月後に迫った舞台『EO』の裏話です。それと星新一さんについても少々。
つづく
|