いよいよ舞台『EO』本番まで、残り1ヶ月である。
さて、俺、吉高寿男は松竹でシナリオを学んだ。それは映画やドラマ用のシナリオだ。しかし、今回は舞台。当然だがその違いは大きい。1番苦しんだのは、役者の手元や細かい表情などの演技は、舞台では通用しないこと。俺はこういった類いの小細工が結構好きなのだ。残念ながら今回は封印せざるをえない。
そして、やはり舞台はセリフが中心の世界。映画やドラマだと、脚本の弱さ(時には良さ)をアングルや編集の力でカバー(時にはプラスアルファ)できるが、舞台では最低限しか使えない。もちろん、超一流の小屋で、大道具や小道具にお金を掛けることのできる環境なら、話は別だが……。今回は小さな小屋(大きなプールの横の、小さなプールくらいかな)。予算も少ない(みのもんたの時給の4分の1くらいかな)。となると、脚本の力がもろに完成度に反映してしまう。芝居がつまらなければ、観客は「本がつまらない」と言い出すだろう。観る人が観れば、演出や役者の下手さも気が付くのだが、残念ながら、今のこの劇団にそんな目の肥えた客は少ない。それはほぼ、全ての公演を観ている俺が言うのだから、きっと間違いない。
で、俺は何が言いたいかと言うと、「チームプレイは難しい」。それにつきる。ショートショートは俺一人の才能の結晶だ。だからつまらなければ、俺に才能がない。おもしろければ、俺には才能がある。答えは実に簡単。ところが今回は違う。一人下手な役者がいれば、それは俺の責任だ。不幸なことに、これに気付いたのは脚本をアップした後だった。これで他の仕事に集中できる。そう思い、この夏には予定を沢山入れていた。だが、今では週に1度、稽古に顔を出し、演出に口を出し、役者に指示を出し、飲み代を出す。だって怪我はしたくないんだよ。「おいおい、ちょっと待てよ。肝心のおまえの本はおもしろいのか?」、そう思った方々も多いことだろう。まぁ、その思いは飲み込んでいただくとしよう。
嬉しい誤算。たまに稽古に顔を出す度に、やはり弱点が目に付く。しかし、ある程度なら脚本を直すことができる。これは映画やドラマよりも、有利な点だろう。瞬発的な発想と、練り込む飛躍。俺の作品を支えている2大要素。2ヶ月以上に渡る稽古期間で、この飛躍を練る作業ができてしまう。演出や役者は嫌っているかもしれないが、これはありがたい時間だ。ここでさきほどの疑問に答えよう。俺の本はおもしろい。だって完成稿を更に更に、そして更に練ることができるのだから。でしょう。
最後に大切なことを1つ2つ。脚本の弱点を、役者や演出が補ってくれることも多い。最後に言う辺りが、憎いね。と言うか、忘れていました。
最終回なので、少々長めに。
俺がショートショートと出会ったのは、今から4、5年前。友人の勧めで「星新一」なる人物を知った。それまではそんなジャンルがあることすら知らなかった。何より読書慣れをしていない俺にとって、その薄っぺらい(内容じゃないよ)本は手が出し易かった。俺が作家を目指していることを知った友人の優しさが詰まっていた。そんな気がする。ちなみに勧めてくれたのは、漫才師時代の相方だ。ちょっと良い話でした。
では、さようなら。
と言いたいところだが、もう少しだけ。
この連載に付き合ってくれた皆様へ、ありがとう。俺なんかのくだらない人生を長々と書き連ねて、早一月。軽いながらも、これが俺のほぼ全てです。なにかと格好良く書きましたが、正直なところ、かなり味付けをしています。だって、振り返ってみると、随分ださい人生なんだよね、これが。
以上、人生も舞台も、上書きの得意な吉高でした。
おわり
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