ネパール、インドでは、大麻草がそこかしこに生え、人々が「ボーン」と言いながらふわりと紫煙を吹かしていた。
そこでは酒が「タブー」だった。大麻が「癒し」だった。
ヴァラナシ(ベナレス)のレストランに入ると、ビールはメニューに無かった。
それでもオーダーするとウエイターが私服に着替えて街の人混みの中に消えた。そして帰ってきた彼がテーブルの下に隠れ、服の下から出して、鉄製のピッチャーに入れ替えたのは人肌のぬるい瓶ビールだった。鉄製のコップに注いで飲む。明細書には値段の高い「特別な水」となっていた。確かに酔った気がしないはずだ。
カトマンドゥで知り合ったムクンダ・サプコタ君の実家に日本人3人で遊びに行った。彼は日本語がうまい大学生でセーター屋のバイトをしていた。
実家は「真のイナカ」と呼べるところにあった。豊かな清水をたたえる上流の川。緑あふれる山々。幾何学模様のような田畑。その車も通れない畔を歩いて日干し煉瓦の彼の家に行く。日本人が来たと近所の人たちが集まる。こどもたちにカラテの真似事を教える。折り紙を折ると皆、目をまるくした。折り鶴を「ガルーダ(ハゲワシ)」と呼んで手に取って、こどもたちは心の中で飛ばした。
家の1階はいろりと土間、そこが台所で居間。2階はいくつかの寝室。ベッドはあるが足りないのでひとつのベッドに2、3人で寝るのが当たり前。白黒のテレビがあり、電気は来ているが夕方からの5時間程だけ、水道もガスも無い。トイレも無い。用はその辺でする。ムクンダ君は将来、家にトイレをつけるのが夢なんだそうだ。
ジャガイモとブロッコリーのカレーをごちそうになる。ネパール人には慣れているであろう右手の素手だけの食事は日本人の俺たちには熱くて食べられない。スプーンをもらう。カレーソースが無くなったら、お母さんが暖かいミルクをご飯にかけてくれた。日本のお茶漬けみたいなものかな。
このムクンダ君のお母さんは恰幅のいい、マーロン・ブランド似の笑顔がごっついおばさんで、対照的にお父さんはやせていて、三木のり平似の笑顔が非力なおじさんだった。お父さんは農家をしながら雑貨屋を営んでいた。お母さんは家事専門。小さなかまどの前に座ったら「そこは私の場所」と怒られた。
食事の後、エイズ防止のテレビドラマを見て(コンドームをつけよう、とか云うんじゃなくて、夫婦以外のセックスはするな、と云うもの)いろりの周りを皆が囲む。
電気も止まり、明かりはプロメテウスからの贈り物のあたたかな炎だけ。お父さん、お母さん、ムクンダ君、妹さん、2人の弟さん、3人の日本人。皆の顔がオレンジ色に染まる。
やがてお父さんが「あれを……」と言うと、七夕から忘れさられた笹のような乾燥大麻草の束が出てきた。お父さんが葉をちぎって揉む。浅黒い節くれ立った手で揉む。紙で包み、それを俺にくれる。礼を言って口に近づけると笑顔のお母さんがいろりの中の枝を取り、火をくれた。
「すう……」
ゆっくりと広がる紫煙の中、皆、微笑んでいた。大麻の効果で、皆が俺の事を愛してくれていると思えてくる。炎まで俺を愛してくれている。世界中が愛してくれている。
アア、ミンナアリガトウ……。
こどもたちも大麻煙草を作る。お父さん程でないがうまいものだ。それをお父さんが吸う。目を細めて、とってもうまそうに吸う。一日の過酷な労働が報われる。
でもこどもたちは吸わない。ムクンダ君も吸わない。未成年、学生は吸ってはいけないんだそうだ。日本でこどもたちがお父さんの晩酌に「お疲れ様」とビールを注いであげるのに似ている。
大麻は日本では「タブー」だ。酒は「癒し」。
それが逆の場所もある。ただ文化が違うだけ。
でも誰もそんなことは言わない。「欧米では……」と、たかが数カ国を引き合いに出して、その他の二百カ国を無視する。
そんな俺も日本では大麻を吸わない。「悪法も法」だからだ。なんて言い訳するより、俺は酒の方が好きなだけなんだけどね。
次回は「料理」。普通の話題だな。
つづく
|