こんにちは。トム・グレンです。
コラム第2回目です。早くも何を書けばいいのか困ってます。
前回の原稿を入稿してから、なにか気の利いたことの一つや二つが起こると思っていたのですが、さっぱりでした。ちなみに職業は編集者一年生です。原稿書きにも少しは慣れてきたのですが、自分のことを書くのはどうも苦手です。
今回は『色』について書きたいと思います。
私の作品を読んでくださった方なら嫌でもお気づきでしょうが、作品の中に青、赤、緑といった『色』の単語は出てきません。『色』の単語を使わないで、色を連想させる別のものを代用して表現しています。
例えば、「紅茶のような色の夕焼け」とか「表面が軽く焦げたハンバーグ色の植木蜂」のような感じです。なんかダメなソムリエのワインの表現みたいですね。この時点で自分に詩の才能がないことがバレバレです。
どうしてそんな回りくどい表現をしているのか。それには一応ちゃんとした理由があります。別名は言い訳とも言いますが。
まず、『色』の単語を使うと、なんとなくビビッドな色の表現になってしまう気がしたんです。私は描くのも見るのも水彩画がすごく好きです。あの淡い色使いや、ぼやっと曖昧なままに表現できる感じがたまりません。
そんな曖昧な表現が文章でもできないものかと考えた結果、生まれたのが先に述べたような『色』の表現です。少しは効果ありと思っているのですが、いかがでしょう。
それともう一つ言い訳があります。
「人間が感じる『色』というのは、個人差があるのではないか」というものです。なんかすごく偉そうなこと言ってますが、はっきり言ってただの屁理屈です。
でも1万歩譲って、考えてみてください。
視力には個人差があり、見えている世界の輪郭は人それぞれ違うわけです。ということは、『色』にも同じことが言えるかもしれないと思うんです。これは色盲とは違います。
例えるとこうです。
赤い絵の具を2人が見た時、それぞれ見ているものは同じでも、見えている『色』の感じは微妙に違うんです。だからもし、他人の目で見た『色』の世界を見ることができたら、自分の常識の『色』とは違う『色』の世界が広がっているのかもしれません。なんとなくわかってもらえましたか?
私はこんなどうでもいいことを考えてばかりいます。我ながら自分の妄想癖にはあきれますね。
そんな考えから、「色を説明するには、何かに例えたほうが、自分の使いたい色を読み手に想像してもらえるんじゃないか」と思ったわけです。
思ったまでは簡単でした。いざ表現してみようと思うと、これが案外難しい。はっきり言って私のボキャブラリー不足が原因なのですが……。
簡単じゃんと思った方は、36色セットの色鉛筆を全部、『色』の単語を使わないで表現してみてください。赤茶色と茶色のように近い色なんか曲者ですよ。
これって、もしかしたら子供の国語の勉強に使えるかもしれないですね。本になるように、企画書でも作ろうかな……。
つづく
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