コラム

document 42 「スキヤキ」(坂本九)
日本でもカリフォルニア・ロールは有名になってきたけれど、発展形の“スペシャル・ロール”に関しては、まだ日本人の旅行者の間ではゲテモノ扱いに留まっている。だが、美味い店で喰ったことがない人に限ってそんなことを言う。寿司とは別物、言ってみれば、ハンバーガー、ラーメン系のジャンク・フード。そう考えれば美味いのは数多くある――今日の発展は、70年代末に澎湃として起こった日本食ブームからだから、歴史は長い。

ただ、振り返れば、そもそも日本人がカリフォルニアに渡ったのは19世紀末。中国人の排斥運動によって必然的に産まれたアジア人への手軽な労働力需要と、父母の土地を受け継ぐことの適わぬ農家の次男、三男坊を中心とした日本人移民との思惑が合致した。だが、日本食がアメリカ白人層に定着するには、実は1世紀近くの年月がかかっているのさ。

――1962年、リトル・トーキョーにある「東京会館」の真下一郎さんという人が、生魚を嫌うご婦人客向けに、魚の代わりにアボカドを入れた巻き物を考案した。これが、最初のカリフォルニア・ロールであると言われる。ネタはアボカド、カニ肉、キュウリと白ゴマ。きっかけは、白人のお客さ。味も判らねえ奥さんのために板場に生意気なことを言ったに決まってらぁ。有色人種蔑視・差別の時代だものな。俺にはその光景が目に浮かぶぜ。

翌年初夏、カワサキ・シチー出身のQ・サカモトの「スキヤキ」が、イギリスを経由して、アメリカに浸透し始める。キャピタル・レコードは耳さとく権利を買い付け、うだる暑さだったその夏、全米のローカル・ラジオ局でガンガンかかった。ポップ・チャートで3週連続第1位、加えてアダルト・コンテンポラリーでも、この年の夏を通じて第1位だった。そしてR&Bチャートで18位まで駆け上がる。当時は、黒人ばかりのR&Bチャートで、極東の日本人が受けたってのは渋いぜ。だからこの名曲は人々の“あの夏”の記憶になり、今でも、アメリカのオールディーズ専門のラジオ局でかかる。

一般の白人が日本食に注目するようになったのはその頃からさ。やっとレストランでも、スキヤキや、テリヤキを置く店が増えた。そして、70年代の末からの脅迫観念症的な健康ブーム。上院の特別委員会で肥満に関する警告が出され、アメリカ人は競い合って禁煙し、ジョギングを始めるようになった。その頃から、日本食は健康食という観点で、スカした白人の小金持ちが日本食レストランに通う“ブーム”になったのさ。

日本人は“醤油臭い”とか、“味噌臭い”と呼ばれ(確かに匂うかも知れないな)、確実に蔑視されていた訳だから、ニッポンがそれなりの文化的・経済的な国威がなければ、味蕾の少ない奴ら(チーズ臭いとか屁が臭えとか、アジア人からも嘲い返せるけど)でも、生魚を食べる気にもならなかった筈だ。

それにしても、俺様のココロの故郷、カワサキ・シチーの坂本九ちゃんも、この日本食の定着に寄与したってのに、俺は泣ける。全英でもビートルズの「She Loves You」、「From Me To You」を押さえ、63年8月には堂々第6位まで昇っている。

だから、日本人が“スペシャル・ロール”を喰って、
「なに、これ?、ちゃんとした寿司じゃないじゃない」
な〜んて生意気を言ったら、俺は無言で張り倒してやる。

――料理こそ、生き物さ。常に横にそれ、発展し、変化していく。その違いを面白がり、味わえないようなオヒトは全米で流れた「スキヤキ」に涙した人々の気持なんて判るもんか。そういうお方は、お付き合いして頂かなくっても、こっちはちっとも構わねえ――

つづく

岡田純良(作家『日刊パンクマガジン』好評配信中)

(01)「Live at Cafe Au-Go-Go」(John Lee Hooker)
(02)「Don't Worry About Me」(Joey Ramone)
(03)「Ultimate Hits Collection」(Ray Charles)
(04)「スキヤキ」(坂本九)
(05)「Sam Cooke with the Soul Stirrers」(Sam Cooke)
(06)「Here's Little Richard」(Little Richard)
(07)「Nuggets: A Classic Collection From the Psychedelic Sixties」(Various Artists)
(08)「Hi Records:The R&B Years」(Various Artists)


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