シスコの郊外で“リル”こと、リトル・リチャードのバンドを見た時には、驚いたねぇ。ツイン・ドラム、ギター2本、アルトとテナー・サックスにトランペット、サポートのキー・ボードは良い。しかしツイン・ベースってのはナンだっ?
カラフルなステージ衣装を着たバンドのメンバーが走り回り、歩き回って客席を煽る。無駄な楽器を揃えて何をする気なのだろう。もう、これだけで笑う準備が万全。60年代の初期に何度かイギリスをツアーした頃、ローリング・ストーンズも、ビートルズも、嬉々として前座を務めた。これまで2回、引退と復活を繰り返している変人のゲイ。バンドが全員で数分ずつのソロで激しいファンク合戦をやる中、大歓声を浴びて出てきたっけ。
薄青いサテンのパンツ、スパンコールの上着、ブーツもラメ入り。出てくるなり、もうグランド・ピアノのフタに乗っかって、両手を大きく振り、今度は降りてきて舞台の両袖から、両腕を突き出し、いきなりクライマックスだった。
「もっと〜、高く〜、高く〜っ!」
「フゥ〜〜っ!、フゥ〜〜っ!」
「叫んで〜っ!」
あの、ワン&オンリーの奇矯極まりないシャウトで1万2千人の場内を釘付けにする。
しかし歌声は、レコーディングのモノと違って、太い。ニュー・オーリンズのバンドをバックに「Tutti Frutti」を作ったこの人は、やたらに性急に鍵盤を叩くけれども、リズムはファッツ・ドミノ風にゆったりとして凄みがある。このセカンドラインは、“長髪教授”の直伝、混じりっ気なしのニュー・オーリンズ風だ。
艶が出ないあたまの部分はスローなナンバーでステージを流していく。それも芸の内だ。「Jenny Jenny」では、合唱する客席の老人達と一緒に、“銭、銭”で盛り上がる。姿も形もそのままさ。天然のぶっ飛んだキャラなんだよ。格好付けないんよな。だから都合3回も客をステージに上げて踊らせた。楽しくて心温まる場面だった。曲の間のブレークも何もかも、客席に直接指示して進めるんだから空前絶後。あの両手の指揮は初めて観たねえ。
衣装は全身同色で、この人らしくない印象の薄い白っぽい色だと思ったら後でびっくり。陽が落ちて赤いライトが当たると、全身真紫の強烈な姿が!、ああ、ジミ・ヘンドリクス、プリンスのルーツなのね、この人。改めて感じたね。ジミが彼のバックでギターを弾いた時代もあったんだからなあ。紫=ゲイ・カラーだってさ、ジミには無意識に影響を与えたかも知れん。しかも、ステージ中盤からグワ〜っと声が出始め、高音が自由自在になった。
全曲が大ヒット曲。しかしメロディー・メーカーとしての力はもっと記憶されてもいい筈だよな。クレジットの関係で本人名義になっていない曲が沢山ある、差別に泣かされた時代の人だ。過小評価にはこっちが泣かされる。
「あたしが太っているって?」
(?)
「お黙りっ!」
この、“Shut up!”をMCに多用する。十代のエタ・ジェイムスを自分の一座に入れて、一度は引退してゴスペル界に戻り、サム・クックに張り合ってポピュラー業界に出戻った――歴史的な偉人ではあるが――目の前のジジイはと観ると――馬鹿しか言わない。
「はい、もう1回ダンス・タイムにしましょうね〜っ!、デブの人も上がってきてね」
「アタシ、デブで大きな人が好きなんだから〜っ!」
「なに〜っ?、ウルサイことは言わないの、お黙り〜っ!」
もう、ひっきり無しに一人で喋り続けている。客席は呆れたような笑いが。最後の曲?、実は、「Be-bop a Lula」だった。後輩のジーン・ビンセントに捧げたわけさ。これも自作でないから意表を突かれたけれど、その後、
「I say goodnight〜, early goodnight〜, but I'll see you later in my dream tonight〜」
と、お休みの歌を歌い始めたのにはさらに驚かされた。芝生の上では、おばあちゃんが孫と肩を組んで歌っている。この20年、ステージと並行し、子供向けの童謡を吹込んだりしているのだ。最後にはしつこい位にステージ左右で手を振り、頭を下げて、ゆっくりと舞台から降りて行った。もう、足があまり上がらないようだった――99年の夏のことだ。
つづく
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