出不精で人込みが嫌いな私も、取材のために一度だけSF大会に参加したことがあります。
日本各地で年に一度開催されるSF大会は、有名作家や評論家などがセミナーをぶちまけたりディスカッションをかましたりする、それはそれは高度な内容のイベントであります。コアなファンがたくさん集まり、熱気むんむん。人込みは嫌いですが、そういった雰囲気は嫌いじゃありません。ここにいるのはみんなオレと同じ趣味なんだぞと思うと仲間意識もわきますし、日頃愛読している小説の作者のナマモノを拝めるとあっては興奮せずにはいられません。しかし、どうしても苦手なものがひとつだけあります。それはコスプレ。
コスチューム・プレイ。略してコスプレ。SF大会に限らず、コミケなんかでも見られる現象です。むしろコミケのほうが有名でしょう。『スター・ウォーズ』や『ハリポタ』などの超ヒット映画では、登場するキャラのコスプレをして劇場に詰めかけるファンがいることは皆さんもご存じでしょう。もちろん、ついついコスプレしたくなるファンの熱意は理解できるのですが、どうも違和感がつきまとうのです。
取材なので仕方がなかったのですが、コスプレも見ておかないわけにはいかない。それどころか写真を撮らなきゃならないのです。ガンダムとか綾波レイとかカードキャプターさくらの格好をしている人たちをいちいち呼び止めては撮影させてください、とお願いするのですが、お急ぎでない限り、皆さん例外なく快諾してくださいます。そして、(少なくとも私にとっては)実に不可解な現象が発生します。
ひとり残らず、絶対にポーズを取ってくださるのです。
それはもう、ものすごく堂に入ったキメのポーズです。キャラの特徴をよく把握したポーズであることはむろんのこと、プロのモデルかタレントなんじゃないかと思うくらい見事なポーズなのです。日ごろ鏡を前に練習しているのでしょうか。ポーズを取ってくださるコスプレの人たちに、気取ったような様子や自慢げな雰囲気はこれっぽっちもありません。あくまでも写真撮影したがる人々へのサービス精神に満ちあふれたものなのです。これぞ人類愛というくらいの大盤振る舞い。だから、コスプレの人たちはみんないい人たちなんだ、と私は冗談でなく本当にそう思っています。
しかし、その一方でコスプレというものは、やってる人たちの自己満足という意味合いを、強く感じます。そこにギャップが生じるのです。100%サービス精神から出たポーズなのに、その反面では自己満足の域を出ないという矛盾。本当のところはそうではないのかもしれませんが、これは私の個人的な感想なので私の勝手にさせてください。
これって、たとえどんなに上手でも結局は歌ってる本人しか気持ちよくないというカラオケと似ているのではないでしょうか。これを読んでいる方の中にコスプレの方がいらっしゃっても、どうか気を悪くなさらないでください。むしろ私はコスプレの人たちを尊敬しているくらいなのです。全身をグレンダイザーなどの巨大ロボットのコスチュームで覆い、見事なポーズを決めてくださった日には、いとおしささえ感じるくらいです。顔が見えるわけでもなし。それに夏はめちゃ暑いに決まっているのです。
面白いのは、コスプレの人と私が一対一で写真を撮っていると、いつの間にかカメラを構えた大勢の人がわらわらと集まっていっせいにシャッターを切りはじめることです。こうした現象を考えると、コスプレには「する」楽しみのほかに「見る」楽しみもある、と気づき、必ずしも自己満足とは言えないかもしれないと思ったりもするのですが……。
休憩時間にコスプレの女性がロビーに出現したりすると、大変なことになります。一瞬に人だかりができ、撮影会が始まります。非力な私なんかは押し出されてコスプレ女性のミニスカートの股間に向かってつんのめったらどうしようと心配になったりします。今のところまだ大丈夫ですが(SF大会の参加者はおおむねマナーがいいので、私が知る限り実際には押し合いへし合いなどの混乱は発生しません。下心丸出しのカメラマンやローアングルを狙うドスケベもいません。めちゃ健全です)。しかし、どんなに人だかりができても、コスプレの女性当人はあくまでもすがすがしい笑顔。実に健気です。誰にでも真似できるものではありません。
それでもなあ、どうしてもやはり苦手というか、見てるこちらがなんだか気恥ずかしさを感じてしまう。歳のせいだろうか? あるいは、私にアニメや変身ものなどへのこだわりが全くないせいかもしれませんが。
だから、もしも私がコスプレをするとしたら、『2001年宇宙の旅』のコンピューターHAL9000か『スター・トレック』のエンタープライズ号をかぶるに違いないと思います。てなワケで、もしもあなたがSF大会に参加して、コスプレ女性の股間に向かってつんのめってるコンピューターや宇宙船を見たら、それはきっと私です。
つづく
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