先日、上野にある国立科学博物館を訪ねました。小学生以来ですから、二十数年ぶりということになります。正面玄関を抜けると、広めのホールに恐竜の化石が展示されています。さすがに二十数年前ですから記憶はサダカではありませんが、当時、そのホールには二足歩行する肉食の恐竜が展示されていたような気がします。ついでに言えば、その恐竜の尻尾はダラシナク垂れ下がっていたようにも記憶しています。何が言いたいかとモウシマスト、わずか二十数年前まで、恐竜はトカゲの仲間で、変温動物で、緩慢な動きでノソノソと歩いていた、ということなんです。もちろん恐竜は6500万年前に絶滅していますから、ノソノソ歩いていたのは我々の頭の中でということになりますが、トニモカクニモ、映画のゴジラのように尻尾をダラリと垂れ下げてズシン、ズシンと歩くのが恐竜だと信じられていたんです。まるでガリレオ以前に地球が宇宙の中心であると信じられていたのと同様に。
純真無垢で、透けるような純白の心の持ち主であった小学生のボクは、もちろん疑うことなど知りやしません。偉そうな学者先生や、分厚い図鑑や、真実しか伝えないはずのテレビが「恐竜はズシン、ズシンと歩くのだ」とオッシャッテいるのですから、「ズシン、ズシン」だと信じ切っていました、あの日までは……。
「ズシン、ズシン」だと信じて疑わずに大人になったある日、ガールフレンドを誘って映画館にボクはいました。そう、話題のジュラシックパークです。
すると、なんともタマゲタことに、「ズシン、ズシン」のはずのティラノサウルスが上体をうんと前傾させて、尾をピンと張って物凄いスピードで疾走しているではありませんか。そればかりかチビッコ三兄弟恐竜は互いに協力して狩をしているのです。脳ミソなんかコンナに小さくて、普段は陽だまりでジッとしていることしかできないはずの恐竜が!
「トカゲみたい」とガールフレンドに嫌われるのを覚悟で、ボクは目からウロコを落としました。
トカゲの仲間で、変温動物で、緩慢な動きしかできないはずの恐竜は、ボクが小学生から大人になるまでのあいだに、鳥の仲間になり、恒温動物かも知れず、もしかしたら子育てさえしていた可能性すらある生き物に変わっていたのです。
デモネ、ミナサン。これだって怪しいものです。映画のように琥珀から取り出したDNAをもとに恐竜を復活させられればハッキリするのでしょうが、今のところ証拠は何千万年も前に骨だった石しかないのですから。もしかしたら「ヤッパリ恐竜はズシン、ズシンだった」とならない可能性はゼロじゃありません。
日本人の平均寿命は80歳と少しですから、十分幸運であれば、このボクにもあと半世紀ほどの人生が残されていることになります。その50年のあいだに、もう一度くらい恐竜同様のビッグサプライズがあるといいな、と日々思っているのです。もちろん、一般人がごく普通に生活しているぶんにはイタクモカユクモない範囲で。
そこで、チョット考えて見たのですが、霊魂の存在なんてのはドウデショウ?
オコトワリしておきますが、ボクにはコレッポッチの霊感もありませんし、妙な宗教団体に属しているということもありません。ですが、この辺りに今世紀最初の大発見が隠されているとしたら大変キョウミ深いと思われるのデス。
その存在を感じたことのある人は沢山いると思いますが、カミサマに誓って存在すると言える人は少ないのではないでしょうか。また「そんなものは絶対にいない」と強硬に否定する人も少なくないと思います。霊感のカケラもないボクは幸いにして、ソレを感じたことも見たこともありません(感じたいとも見たいとも思いません)。そして「今の科学」では、ソレの存在を証明できていません。ですが、存在を科学的に証明できてはいないけれども、科学的に否定もできていないのです。つまりいるのか、いないのかは誰にも証明できていないのです。
デモネ、ミナサン。思い出してみてください。ニュートンが万有引力の法則を発見する前にもリンゴは樹から落ちていましたし、電子顕微鏡が発明される前にもウィルスは存在していました。「今の科学」で見えないだけで、ホントは身の回りにフツーに存在しているのかもしれません。
つづく
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