前回まで7回にわたり、一般人がごく普通に生活しているぶんにはイタクモカユクモない話を中心に「どこから来てどこへ向かうのか」について書きましたが、今回は最終回ということもあり、大いにイタクモカユクモある話題に触れてみたいと思います。ボクを含め皆さん一番興味がある「どこから来てどこへ向かうのか」は、やはり自分自身の人生だと思われます。「どこから来て」は、もはや手の施しようのない過去なのでコッチに置いとくとして、未来についてはこれ以上ないというくらい、興味の対象ではないでしょうか。しかしながら、悔しいことに、これを予測する手立てがありません。
将来、科学が進歩し宇宙誕生の瞬間が説明できるようになるかもしれませんし、恐竜の生態が明らかになるかもしれません。でも、ホントに残念ながらボクの人生の行く末を予測できるようにはならないでしょう。トナルト、一番謎の多い「どこから来てどこへ向かうのか」は、宇宙の誕生でも生命の進化でもなく、ボクラの人生だということになります。
たとえば満天に広がる星空を見上げて宇宙の果てに思いを馳せるのも時にはイイでしょう。かつて尻尾だった尾_骨に触れて、猿だった頃の記憶を探してみるのもイイでしょう、時には……。
デモネ、予測不可能なボクの人生の未来に思いを巡らすことだけはヤメテおきます。ダッテソウデショウ。科学的に不可能なのです、ボクの人生の「どこへ向かうか」を予測することは。UFOや霊の存在よりも、ネッシーや雪男よりも、モットモット非科学的なのですから。それに何より、眠れなくなります……。
今回でボクのコラムも最終回、最後まで駄文におつき合い頂いた皆様には感謝の言葉もありません。
まあ書き手と読み手という形態でしたが、ボクと皆さんがこのBoon-gate.com上で出会ったわけですから、別れの言葉を述べなければなりません。ボクも30代半ばになり、人並みの別れを経験してきました。涙が出ちゃうくらい悲しい別れもあれば、涙が出ちゃうくらい感謝した別れもありました。当然、涙が出ちゃうくらい腹が立つ別れもありました。それぞれすべてが印象的な出来事ではありましたが、ひとつだけチョット違った意味で印象に残る別れがありました。
以前、仕事でイギリスにしばらく滞在したことがあります。言葉の壁もありましたし、それほど長期というわけでもなかったので親友こそできませんでしたが、それでも何人かの気心の知れた友人はできました。やがて帰国の前日、お世話になったお礼と別れを告げに挨拶に回りました。「さようなら」と「ありがとう」を言うつもりだったボクに対して、何人かは「See you someday!」と言ってくれました。
「またいつの日にか」ボクだって何度かその言葉を使ったことはあります。ガールフレンドといい別れ方をした時とか、同級生の結婚式で会った、話はしたことはないけど顔は知っている隣のクラスだったヤツとかに。
まあ、二度と会わないだろうけど、どこかですれ違うかもしれない。そんなときに用いる言葉だと思っていたのです。
でもイギリスの友人の場合、どんなに客観的に考えなくとも、どんなに冷静に考えなくとも、もう二度と会う人々ではなかったのです。もちろん彼らもそれは承知です。でも彼らは言いました。「またいつの日か」 素晴らしい言葉だと感動しました。まさに予測不可能なボクの人生を象徴するような言葉だと思いました。
ボクが皆さんに再びお目にかかれる可能性もあまり高いとはいえません。またこうしてBoon-gate.comにコラムを書かせていただければ話は別ですが、ボクの筆力を考えると、あまりあり得そうな話ではありません。お互い顔も知りませんから、どこかのデパートでバッタリ会って「やあ、久しぶり!」というわけにもいきません。デモ、いいじゃないですか。どんなに科学が進んでも予測不可能な「どこへ向かうのか」を皆さんもボクも持っているのですから。
トイウワケデ、最後までのおつき合いありがとうございました。そして、またいつの日にか。
つづく
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