私の日々の暮らしはかなりの部分を農業が占めています。このコラムを読んでいただいている皆さんは、おそらく農業とはあまり関係のない方が多いんじゃないでしょうか。
のんびりして、自然の中で体を動かせて新鮮でおいしいものが食べられるのでしょう? なんか、ストレスなさそう……。そんな声が聞こえてきそうですが、そうですね……70%はそうなの、と肯定したい気分です。
うっかり手袋をしないでナスを収穫したために、この夏、私はナスのとげが刺さって2回ほど化膿しかけました。けっこう鋭いです。トマトの売れ残りは煮て冷凍します。そうするとミートソースや煮込みにいつでも使えるようになります。
でも、一番の自慢は完熟柿ですね。それは絶対市場には出回らない。流通に耐えられる程度の熟度のものしか出荷できないからです。見落としていつまでも木にぶらさがっているヤツは、色が違います。真っ赤なトマトみたいな色をしています。柔らかくも堅くもないけど、輸送には耐えられない、こういうのに商品価値はありません。だけど、誰が食べたって、うまいに決まっています。これぞ農業の醍醐味ですね。
しかし、今年のような冷夏長雨になるとせっかく育てたものがだめになります。レタスが大打撃だとか、トマトがだめだとか、お米も久々の凶作みたいですね。
「野菜が高くて、ほんと、困るのよね〜。お百姓さんは儲かっているんじゃない?」と思ってらっしゃる方、いるんじゃないでしょうか。儲かる、儲からないは何とも言えません。ただ、だめになった農産物を捨てなくちゃいけない気持ちは、かなり辛いものがあります。
私は近くの岐阜大学の農場へパートに行っています。教授や学生さんの実験や実習だけでなく、販売用にも花や野菜、果物、卵、米などを生産しています。種をまき小さな芽が出たもの、また挿し木をして根付いたものを鉢上げしたり、肥料をやったり、収穫したり、いろいろな仕事があります。ここでは世話をする農産物を「この子」って言うんですよ。
「この子は芽が出てるのに根が張ってないからだめやね」
「この子は虫に食われちゃって、う〜ん、まあでもなんとか生き延びるかな」
なんて、本当にみんな「この子たち」のお世話として仕事をしているんです。
今日は「宝水」という梨の収穫をしました。虫にやられているのも多いのですが、今年はどういうわけか「水ナシ」といって、本来なら白い果肉のところが透明になっているようなものばかりで、商品になるものはほとんどありませんでした。全滅です。日照不足のせいだろうとのこと。今まで、こんなにひどい年は無かったそうです。
どっしりと大きな梨が何百も捨てられる。せっかく摘果や袋かけをしてここまで育ったのに、かわいそうに……、「この子」はどう?「こっちの子」は?と選びましたが、結局苦情がくることを怖れて場長は販売中止を決めました。
部分的には瑞々しくておいしいんです。でも、商品としては丸ごとじゃなければ意味がありません。
「好きなだけ持っていっていいよ」と主任さん。「儲からない」がっくりとは違う脱力感が漂いました。私は家でジュースにしました。おいしいのですがねぇ……。
つづく
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