農業をやりながら、夜は自宅で塾をやっています。もう10年以上経つでしょうか。塾といっても自宅の1室なので8人が限度。机といすが8個ずつにホワイトボードがおいてあります。そこへ大きな大きな体格の中学生が6人も入れば身動きはとれないし、すぐに人いきれでむっとしてきます。
思えば、この小さな部屋を幾人もの小中学生が緊張した面持ちで訪れ、「せんせ、ありがと」とちょっと照れながら挨拶して去っていきました。もちろん途中で辞めてしまう子もいますが、高校に合格して、興奮のあまりうわずった声で「せんせー、受かったよー、受かった!」と電話してくる子は、やはり、私の中にも長く残っています。
特別な進学塾ではないので、いろんな子がいます。成績優秀な子、無口な子、やかましい子、いたずらばかり考えている子、おしゃれの話題には事欠かない子、不良っぽい子、手のつけようがないほどお勉強には向いてない子、実に様々です。ただ、最近問題になっている少年犯罪とは無縁と思われるような子たちばかりだと私は思っているし、それが希望的観測なのかもしれないけど、この平和でのどかな町で彼らを見ていると、テレビや新聞のニュースは別世界の出来事のように思えるのです。
O君はとてもおしゃべりな、体の大きい少年でした。確か中学2年生の途中からくるようになりました。ユーモアがあり、想像力もあり、頭は全然悪くない。ただちょっと慎重さに欠けるため、ケアレスミスが多くて点数にはなかなか結びつかないのです。
私は彼のおしゃべりが収まれば少しは集中力も高まるかと思っていました。叱っても叱っても、彼のおしゃべりはとどまるところを知りません。勉強とは全く関係のないことを言っているのではないのですが、話題が飛躍しすぎたり、詳しく説明するには時間がなかったり、スケジュール通りこなすのは私には至難の業でした。おまけに地声が大きいのです。
私はその日はおそらく機嫌が悪かったのでしょう。ちょっと気持ちが高ぶっていたと思います。おい、しゃべるなよ! もう、いい加減にしてよ、ときっと彼を睨みつけながら、
「ほんとに大きな声やね!」
と言ったつもりでした。ところが口をついてでたのは「声」ではなく「顔」という言葉だったのです。
O君は一瞬ぽかんとしました。無理もない、何の脈絡もなく突然「顔が大きい!」といわれたんだから。しかも、彼は実際飛び抜けて顔が大きかったのです。
次の瞬間、教室は大爆笑の渦に包まれました。
O君は口の端に少し笑いをこらえるような表情を浮かべましたが、憮然として言いました。
「わかっとるわ! やけど、なんでそんなこと、わざわざ先生に言われなあかんのや!」
「ご、ごめん、声っていうつもりが、顔になってしもたんやて、ちょっとした間違いやて」
「そんな間違い、するかい!」
彼は明るく振る舞ってはいても、きっと人知れず顔の大きいことを気にしていたのでしょう。ごめんね、悪気はなかったのよ、ほんとに。
自分の意志とは違う言葉が出てくることって、ありますよねぇ? いらいらしたり、不意に話しかけられたりしたら……。
結局おだてに弱い彼のいいところを褒めまくるという戦法をとり、彼は自信たっぷりに受験を乗り切っていきました。私は内心、心配で心配で仕方なかったんですけど……。
つづく
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