コラム

document 72 日々の暮らし 「誕生日」
 “Happy birthday to Me!”
 単身赴任中の夫からメールが送られてきました。しまった! また忘れてた。
 息子の場合も誕生日の翌日「はっぴぃ・ばーすでぃ」とメールしたら、「遅いわ!」と叱られました。
 私は誕生日をどうして祝わなくちゃいけないか、よくわからないのです。だから、夫や子どもたちの誕生日も特別な日だと思えません。一応妻であり母である立場を維持するために、毎年家族の誕生日が近づいてくると注意はしてるんですがね……。
 芸能人とか有名人の誕生日を盛大に祝っている様子をテレビでやってますが、あの人たち、うれしいんでしょうか?
 がんばって勉強して志望校に合格した。それは「おめでとう」です。
 係長に昇進した。もちろん「おめでとう」です。
 3キロやせた! 「おめでとう」+拍手!
 彼と結婚するの。よかったじゃない「おめでとう」お幸せに。
 宝くじに当たった。これも一応「おめでとう」かな。
 でも、誰にでも一年に一回巡ってくる誕生日って、スペシャルでしょうか?「おめでとう」と祝ってもらいたいですか?誕生日の前も後も、まったく変わりなく時間は流れていくし、これといって何もしなくても「おめでとう」と言ったり言われたりすることが、私にとっては違和感なのです。

 子供が生まれて1歳のお誕生を迎える。ほとんどの親はその特別な日のために、ごちそうを用意したり写真を撮ったりビデオを回したりします。私はこの「おめでとう」は親自身に向けてのメッセージだと思うのです。「大変な思いをして出産して、よく1年間育児にがんばってきたね。こんなに大きく可愛くなったね」と、心から「おめでとう」という。
 子どもが幼児期を過ぎ、少年期、青年期になってしまえば、それほど手がかからなくなるけれど、「誕生日、おめでとう」と言われ続けてきた子どもは、当然のようにプレゼントを要求するようになってしまう。それって、なんか変、と思うのは私だけでしょうか?
 ただ、周りの人が自分の誕生日を覚えていてくれたというのは、その人たちにとって自分はどうでもいいわけじゃなくて、大切な存在だという証であり、そういう意味でうれしいものです。でも、「おめでとう」じゃない。「すてきな誕生日でありますように」という言葉かけなら、私は納得できるのです。

 1年に1日、自分にとってのスペシャルな日。それを記念するならゲームや時計や洋服やアクセサリーではなくて、カードでいい。それぞれの思いのこもったカードをもらって、残しておいて、何年経っても自分の周りにいた人を思い返せるという、欧米式のやり方の方がいいような気がするのです。
 でも、最近は、「誕生日おめでとう」もいいか、と思うようになりました。
 生きているのが当たり前ではなくて、1年間無事に生きてこられた、辛いこと悲しいことがあんなにたくさんあったけど、全部乗り越えてまた節目を迎えることができた、というのは、十分に「おめでとう」に値するのではないかと思えるようになりました。ゲームでも1つのステージをクリアしたら「Congratulations!」ですものね。

 私は今度の自分の誕生日に、自分自身に「おめでとう」と言えるよう、自分を大切にしたいと思います。ひとりでワインを飲もうかしら。
 もちろん、家族の誕生日は、カレンダーに大きく印を付けておきましょう。
 
つづく

海野真凛(作家『ネグレクト』好評配信中)

(01) 日々の暮らし 「ゴーヤ」
(02) 日々の暮らし 「この子」
(03) 日々の暮らし 「鳥」
(04) 日々の暮らし 「O君ごめんね」
(05) 日々の暮らし 「子どもの見方」
(06) 日々の暮らし 「何のため?」
(07) 日々の暮らし 「あたしの勝ち!」
(08) 日々の暮らし 「誕生日」
(09) 日々の暮らし 「旬」


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