「闇キンの帝王サーモンによってコユビを失い、それを探しに行く長い旅に出た親指トムとサム(読者)は、言葉という武器を片手に様々な難関を潜り抜けて行った。そして、闇キンの帝王サーモンをついにスモークする事に成功し、いよいよコユビを救うところにまで辿り着いたトムとサムであったが、彼らの前に最後にして最強の敵、大魔王のハクションが立ちはだかった……」(前回までのあらすじ)
ドキュメントもいよいよ最後となりました。
そう、物事には始まりがありそして、必ず終わりがあるのです。
今日は「最終回」について考えてみたいと思います。最終回、最終話、物語の完結部、終電の到着駅に残った酔っ払いの結末。どれもみなさんが気になっている事を全て解決しなくてはいけません。話によってはこの最後の為に話が始まっていると言っても過言ではないのです。例えばショートショート。いわゆるオチものと言われるものは必ず最後の一文で話を落とすお約束があります。これは、ショートショートにおける「主文の後回し」と言われる技法で、兇悪犯罪者が極刑を受ける際に裁判官がよく使います。
気になる最後は、お話の最後でわかるんだよ〜っていう感じです。
これは法曹界に入るとショートショートを読んで判決文を勉強する風潮があり、それに習っているからのことなのです。そう、日本の裁判官の約8割はショートショート大賞のファンなのです(フィクションです)。
ショートショートにしろ、推理小説にしろ読んだ人を最後まで轢きつけ、最後に「あっ」と言わせるような結末を用意させておくことがとても大切です。
また、タイトルから結末が解ってしまうような小説でもいけません。
栄光を掴んでからわずか一年で挫折と裏切りにあう男の物語「腹立つ巨人」とか、支えにしてきた一家の大黒柱を失い、それでも残されたもので新たな再生を誓い新たな人生を歩み始めるが、やはり大黒柱の事を忘れられない物語「吉野屋」とか、こういうものでお話を書いてはいけないのです。やはり物語の最後は読んだ人を驚かせながらも、納得し結末を迎える事が望ましいといえます。
お時間もなくなってきましたので私なりに締めさせて頂きましょう。
もしもみなさんが、人に伝えたい話が出来たのならそれは形にしてみましょう。ショートショートでも、人とは違ったちょっと貴重な経験をした事がある人ならエッセイでもいい。夢に見た恐い話や、おもしろく不思議な話ならホラーや童話にしてみてもいいでしょう。人を驚かせるようなトリックが思いついたなら推理小説。とにかく形にしてみましょう。そしてそれを発信してみてはいかがですか?インターネットというものが普及して簡単に自分というものが発信出来るようになりました。それに伴う弊害は確かに沢山あるけれども、それが他の人に届いて何かの形になるかも知れません。そしてあなたの思いついた話があなたを少しだけ変える何かのきっかけになるかもしれませんよ。
自分が生み出した作品はある意味、自分の子供みたいなものです。それがひとりでに歩きし読者という友達を連れてくるとしたらそれは結構、素敵な経験だと思うのです。
『ニュースの絞り汁』を書いて、このドキュメントも担当させて頂きました。ふざけたエッセイだな、と思われた方が大半でしょうけどお付き合いしてくれた方に「ありがとうございます」とお礼を言わせてください。
「何かを伝えたい」などと大袈裟なものを持っているとは思っていませんが、最後に自分の気持ちを記すとしたらそんなことを書いてみたいと思いました。
さて、自分の気持ちというのを書くのはこれで終わり。
「これからはサム(読者)きみが物語の続きを書いていくんだ。僕かい?僕はもう行かなくちゃ。ゴールデンウィークだから実家のあるモナコ王国に帰るんだよ。東名高速で。え、前回までのあらすじに続く話はどうするんだって?うーん、それは今度BBSのほうに書いておくよ。それでは、お迎えの京浜東北線がやってきた。僕は行かなくちゃ。それじゃまた、いつか会える日まで」(ゆびの旅の物語)
おわり
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