バカと天才は紙一重。よく使われる言葉ではあるが、非常に曖昧な言葉でもある。果たして、バカと天才の境界線とは?
目には見えないそのラインを検証してみよう。
天才の代名詞「トーマス・エジソン」、彼の幼少時代のエピソードにこんなものがある。算数の授業で先生に「1+1=2」と教えられた。当たり前のことだ。俺も教わった。普通の子供なら、何ら疑問を持つこともなく、鵜呑みにするだろう。俺もそうだった。しかし、エジソンは違った。コップの水とコップの水を足せば、1杯の水になる。ここでは1+1=1。また、粉々に割れたお皿の破片を1枚1枚合わせていけば、1枚のお皿になる。ここでは1+1+1+1……は1になる。
こんな発想を10歳にも満たない子供が持つことが凄い。まさに天才。だが、冒頭にも述べたように、この天才のラインは微妙である。故に凡人からは認知されにくい。むろんエジソンも理解してもらえず、先生には煙たがられ、早々に学校を退学してしまう。
この後のエジソンは皆さんの知るとおり、15歳で新聞を発行し大儲け。発明家として1903もの特許を取得。偉人として歴史にその名を残した(※あまり知られていないところでは、セメント、ベニヤ板、高速道路も彼の発明品である)。
次はバカのお話。私が漫才をやっていた頃の相方は自他共に認めるバカだった。ネタは殆ど私が書いていたのだが、まれに相方がショートコントを書いて持って来る時がある。その中にこんなコントがあった。設定は交通事故。頭を強打した被害者に目撃者が駆け寄る。彼の意識が正常か確かめる為に、目撃者の男はこう言う。
「1+1は?」
被害者の男は自らの両人差し指を立て、それを合わせ「1」と答える。
もちろん、こんなネタをやるはずもなく、そのままお蔵入り。が、よくよく考えてみると、エジソンと発想は似ている。そう、非常に惜しいのである。指と指を重ねて1と答える。これはエジソンの水の発想に類似している。ただ、コントとして面白くないこと、設定が交通事故である意図が伝わらないこと、そして、当時25歳の男の発想にしてはチープなこと……。
「見えた!」
ここでバカと天才のラインがハッキリした。皆さんもお気付きでしょう。幼くして大人びた発想を持ち合わせる者が天才。大人のくせに幼稚な発想をするのがバカ。そうやって考えてみると、天才と呼ばれているあの人もこの人も……。ちょっとバカ寄りになってしまう。
フォローするわけではないが、バカは決して劣る意味のみの言葉ではない。故に天才とは紙一重だし、使いようによっては開花する。またオリジナリティにも富んでいる。
私は自分のプロフィールに「鬼才」という言葉をよく用いる。アドレスにも使っている。これは天才ではなく、むしろバカ寄りの意味だ。
そんな「鬼才」が天才を描いた舞台がまもなく始まる。『裏偉人伝』、詳細はこちら 。
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次回はどんな境界線を見極めるのか?? こうご期待!
つづく
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