「小学校で「ことばの教室」を担当する著者は、家庭では二人の子供を育て上げ、ひとり立ちさせた。夫は単身赴任、息子と娘も家を離れた今、ふと振り返ってみると、我が家で毎日帰りを待ってくれるのは、父(じいちゃん)と母(ばっぱ)、それに猫のモモだけになっていた。家族が揃っていた頃は、忙しい反面、家の中も賑やかで楽しかった。しかし今は違う。帰宅し、テレビで天気予報やニュースを見ながら、年老いた父母の何気ない会話を聞く、変化のない毎日――。そんな時、著者はある発見をした。「両親と話す機会が増えた」ことに気づいたのだ。昔はうるさく思っていた父と母だが、戦後生まれの自分には考えもつかない“いい話”をポロッと口にしたりする。著者はふいに、じいちゃんとばっぱの“語り”を記録に残したいと思った。そこで2003年の元旦から大晦日までの父母の語りをまとめてみることにしたのだ。 本書は、新年に始まり春夏秋冬と季節ごとに、じいちゃんとばっぱの語りが綴られている。方言をそのまま載せているので、文体は情趣に富んでいる。「今よー、不景気不景気って言うけっと、昔に思ったらよ、どこが不景気なのがなー。犬とか猫が服を着て、えさを買って食わせてもらってったどー」とは、まさにその通り。昔は人が食糧を確保するだけでも大変だったのに、今はペットまで飽食の時代。歳月の移り変わりを行間から感じさせるフレーズである。じいちゃんやばっぱが子供だった頃は兄弟も多かった反面、病気で早くして命を落とす者も多く、皆、生命の誕生と終わりを間近で見ながら育ってきた。だからこそ“命の尊さ”を肌で感じさせる言葉も多い。「彼岸に入って二日目に親(亡くなった親)が待っている」という言い伝えも、じいちゃんの口から孫の世代へと受け継がれてゆく……。毎日の生活で見過ごしてしまいがちな事柄や、当たりまえすぎて気にも留めていなかったことに気づかせてくれるエピソードが詰まった、心温まる一冊。
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大正生まれで、太平洋戦争の悲惨さを直に体験した著者は、いつの日も平和な世の中を願っている。その根底には“命の尊さ”そして“人間としての心の大切さ”を現代の人々に訴えかける強い信念がある。「戦争は無差別に人を殺す事であり、戦争だけは繰り返してはいけない」と著者は本書の端々で述べている。終戦直後に日本国民が味わった、つらく痛ましい生活――食べる物がなく、ほとんどの家庭が米の汁同然のお粥で餓えを凌いでいた様子を語る一方で、戦災の爪跡が残る地に、草花が緑の芽を出しているのに気づき、ほっと心が和んだ瞬間の感動も書き添えている。明るい兆しが全く見えない時にも、ほんの小さな希望の光を感じ取る心が大切だと教えられる一節である。 著者は若き日に味わった戦争の理不尽さを現代に置き換え、こう表現している。太平洋戦争で出兵した若者の境遇は、イラクへ派遣された若き自衛官の境遇に通ずるものがあるという。たとえそれがイラクの復興という目的であっても、命の保証がない地域での活動に危惧の念を抱く。「人の命は平等であり、少しでも危険を伴う地域への派遣は、安易に決められるものではない」と小泉総理大臣へ苦言を呈する。「派遣されるのが、もし身内だったら……と考えてほしい」と著者が訴えかけるのは、出征者を見送り、戦死の報を受けた当時の記憶が今も脳裏に残っているからに他ならない。消せない記憶をこれ以上増やしてはいけない、という切実な願いである。話題は“命の尊さ”だけに留まらない。居眠り国会がまかり通る国会議員の実態など、政治の在り方にも疑問を投げかけ、率直な意見を述べている。少々辛口に聞こえるかもしれないが、それも真摯な思いがあるからこそだ。著者は80年という長い人生の中で直面し、学んできた事柄を、一つひとつ丁寧に若い世代へ伝えていきたいと願っている。特定の時代だけに通用するものではなく、時を越えて受け継がれていくべき普遍性がそこに存在するからである。
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