父の本箱 心の琴線を鳴らす、達意の随筆集!
 暮らしの中で出合った小さな感動を、達意の文章で綴った珠玉の随筆集。きっと若い頃から書くことに慣れ親しんできたのだと想像してしまうが、著者が随筆の勉強を始めたのは四十三歳の時……。書き始めは少々遅くても、時間をかけて丁寧に一篇一篇を綴っていけば、それが積み重なった時、厚みのあるエピソードの結晶になる。随筆集『父の本箱』(井上ミツ・著)は、そんな作品である。
 テーマは多岐に及ぶ。宇都宮の老舗書店に生まれ、七十三歳を迎える著者が、ハイカラだった父や、手紙上手な母、気丈な姉たちとの懐かしい記憶を綴り、現在暮らす国立の街や、老境に入った夫婦のやりとりにも触れた、心温まるエッセイ。
 本書の最大の特徴は、各篇を読んでいるうちに、まるで今その時代を生きているかのような感覚を味わえること。著者が幼かった頃、夫と出会った頃、そして現在……。それぞれの時期のエピソードが自然に心の中に流れ込んでくる。それは著者がありのままの心情を素直に記しているからに他ならない。人生にはそれぞれの場面で、楽しいこと、哀しいこと、いろいろある……。そんな喜怒哀楽を肩肘張らずに語っているからこそ、共感を持って読み進めることができるのだろう。
 ここでは40篇の随筆の中から、いくつかの作品をピックアップして紹介することにする。情緒に満ちた滋味深い随筆集を、ご一読あれ。
gate-02/エッセイ 『父の本箱』 井上ミツ・著
  「父の本箱」  
   二〇〇四年三月、生家の本屋が店仕舞いをすることになった。その本屋は、宇都宮の集英堂書店──百十五年も続いた老舗だ。何事も、始めがあれば終わりがある。時代の流れを考えれば仕方のないことかもしれないが、それでも著者の胸は悔しさと寂しさで一杯になった。何より、これまで本屋の書棚を飾っていた本たちの行き場を案じなくては……。残った本たちを救ったのは、父が愛用していた本箱だった。父が六十五年ほど前に専門家に頼んで造らせた、伝統と思い出の詰まった本箱──著者も小学校低学年の頃から慣れ親しんできた。父の本箱の年齢は、すでに還暦を過ぎている。そんな思い入れのある本箱に、集英堂書店から多くの本が嫁いできた。この本箱が安住の地になることを、本たちは悟っていたに違いない……。  
  「爪切り」  
   ある日、テレビ番組で「もし二十年間、人間の爪を切らずに放置すると、一メートルもの長さになる」という話題が取り上げられていた。そんな話を耳にして、著者は四十年前の日々を懐かしげに思い出した。当時、婚約中の夫を訪ねると、フィアンセのために趣味のギターを爪弾いてくれたのだ。曲はフランシスコ・タレガの『ラグリマ(涙)』だった。弦を弾く夫の右手の爪は、左手とは対照的にかなり伸びている……。結婚後にわかったことだが、夫はその右手の爪に、度々透明のマニキュアを塗っていた。補強のためである。ギターを弾くには爪の手入れが大切なのだ。そして話題は「夜爪を切ると、親の死に目に会えない」という言い伝えに及んでいく。夫に「そんなもの、迷信にきまっている」と言われながらも、頑なに守り続けた著者は、父も母も見取ることができた。昔ながらの教訓は伊達ではないようである。  
  「さよならの季節」  
   平成七年の夏は格別に暑かった。誰しも、秋の到来を待ち望んでいた。秋の気配がすると、当時九十八歳だった母は、末娘である著者に手紙を寄こした。明治の人らしく、和紙に毛筆できちっと書かれている。著者にとって母は手紙の先生だった。夫と見合いをして交際を始めた頃、自分の書いた文面を母に念入りに見てもらったほどだ。女性としての手紙の書き方を教わり、人生の先輩として生き方も教わった──そんな母からの手紙は、平成七年九月八日付をもって永久にストップした。百歳間近の長寿で、大往生である。母は晩年、「心之力」という書を大切にし、心の拠り所としていた。きっと最後の手紙を書いた時も「続きはまたあとで」と次に筆を握る日を楽しみにしていたことだろう……。  



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