『鉄道事故と法』(佐藤潤太・著)は、福知山線の脱線事故が起きる数日前に発売された。鉄道事故で、まさか100名以上もの死者が出るとは想像もしていない世の中に警鐘を鳴らすかのように……。普段は安全だと信じられている鉄道運輸。しかし朝夕の過密ダイヤ、線路カーブにおける傾斜の問題など、目に見えないところで乗客に危険が迫っていた。大きな鉄道事故がひとつの要素だけで起こるとは考えにくい。複数の要因が同じ瞬間に重なった時、人の想像を超える大惨事が生じることになる。オーバーランを起こした運転手の精神的動揺、カーブ突入前の速度超過など、脱線に繋がったであろう要因が徐々に明らかになってきた。
もちろん原因究明は重要だが、“このような悲しい事故が起きた時、人は何を考えていくべきか”を真剣に議論することも大切である。それぞれの立場によって、想いは異なる。命を落とした乗客、そしてその家族は、無念さに苛まれ、悲しみに暮れる。事故を起こした鉄道会社は、その社会的責任を問われ、厳しい目に晒される。マスコミは鉄道会社を激しく批判して止まない──。遺族の気持ちを考えれば、この流れは自然なのかもしれないが、もっと違う見方をする人も存在する。事故後の現場で、鉄道会社の対応を批判するコメントを期待した記者に対し、ある遺族は「職員の方は一生懸命やってくれています」と語ったという。近しい人を亡くした本人の言葉なのだから、なおさら重い。批判の的をどこか一箇所に探すのではなく、もっと広い視野で物事を見ることの大切さを教えさせられる一言だ。その言葉の奥には“忙しく働き、時間に追われる日本の風潮”を憂い、“無理なダイヤグラムを生み出す土壌を作ってきた日本全体の責任”に目を向ける心がある。このような事故が起きてしまったからこそ、一人ひとりが改めて命の大切さ、世の中の在り方を真剣に考えるべき──。そんな願いが詰まっている。
遺族の想いにも、さまざまなものがある。物事をひとつの側面だけで判断するのは早計だ──。鉄道事故が起きた時、被害者の立場、そして鉄道会社の立場、両方の視点から語ることのできる人がいたら、その言葉には耳を傾ける価値が充分にある。本書『鉄道事故と法』の著者・佐藤潤太氏は、電鉄会社に長年勤め、運輸の現場を知っていると同時に、弁護士の資格を持ち、司法の立場から客観的に鉄道事故を見つめている。過去の判例を挙げ、「法」というキーワードで鉄道事故を論ずる一方、事故に関わった人々の内面にも触れた本書は、いまこの時期に読んでおくべき本である 。
|
|