優しい彩りのスケッチとミニエッセイ 『続 定年からの絵日記』 小田治俊・著
 人生の中で時間を最も自由に使えるのはいつだと思いますか。もしかするとそれは定年後の日々なのかもしれません。毎朝通勤電車に揺られることもなくなり、朝から晩まで自分の時間を満喫できる毎日……。一見、それは恵まれた環境に思えますが、数十年間サラリーマン生活に慣れてしまった人は、急に暇になると、何をして良いか分からなくなり困惑するという話も耳にします。若い頃から続けてきた趣味のある人なら、そんな心配もないでしょうが、仕事一筋に生きてきた人には、第二の人生のすごし方が大きなテーマになってきます。
 まず何から始めよう──そんな思いが頭を巡った時、『続 定年からの絵日記』の著者・小田治俊さんは、絵日記を書こうと思い立ちました。しかも定年になったその日から……。この日は新しい人生がスタートした記念日になったのではないでしょうか。毎日こつこつ書き溜めたスケッチと日記は、少しずつその数を増し、一冊の本になりました。その第二弾が本作『続 定年からの絵日記』。淡い色あいの水彩画が紙面を彩り、それぞれのスケッチに添えられたミニエッセイが読者の想像力を喚起させます。身近な題材をモチーフにしているので親しみやすく、頁を捲るごとに心が和みます。ゆっくりとした時を感じたい人にお勧めの一冊です!

gate-14/写真集・画集
『続 定年からの絵日記』 小田治俊・著
 著者の小田治俊さんは、高等学校の教職を定年退職したその日から絵日記を書き始めた。毎朝五時半に起きると、スケッチブックを持って散歩に出る。それは習慣となり、気がつくと五年の歳月が流れていた。小田さんは「歳をとるほど月日がたつのが早くなる」と身をもって実感しているそうだ。それには一つの理由がある。小田さんはパーキンソン病のせいで、体を動かすのに時間がかかり、疲れやすいのだ。家の外回りの手入れや雑草を取る作業に何日もかかってしまうこともある。だからなおさら時間を大切に使いたい、という気持ちが強くなる。そんな意識が絵日記の継続に生かされているのかもしれない。絵日記は弛むことなくこつこつと進み、スケッチの数は300点を越えている。
 昨今は個展を開催するなど、小田治俊さんの活躍の幅はますます広がっている。本を読んだ人、個展を訪れた人それぞれから感想が寄せられ、それが小田さんにとって創作の励みにもつながっている。「思えば、定年を前にして病を持つ身にならなかったら、出版も個展もなかったことであろう」という言葉が印象深い。もし健康なままだったら第二の就職をして、スケッチや囲碁にはそれほど関わらない生活を送っていただろう、と小田さんは当時を述懐するのだ。人生、何が幸いするか分からない──そんな著者の気持ちが一枚一枚のスケッチに映し出されている。
 細い線で輪郭を描き、淡く自然な配色でキャンバスを埋めていくのが、小田治俊さんのスケッチの特徴である。小春日和の七沢森林公園の風景や、東京駅丸の内南口の駅舎など、印象に残ったシーンをスケッチに残していく。その積み重ねが一冊の本を彩る一頁になっていく──。基本的に風景画の数が多いが、親友や長男の姿を描いたり、時には生まれたばかりの子犬を描くなど、モチーフは多岐にわたる。目の前の対象をそのままの距離感で描いていくのが特徴だが、時と場合によって小田さんはさまざまな工夫を凝らしていく。例えば観光バスの車内では座る席が重要になる。小田さんは迷わず後部座席に移動する。視界が広くなり、車内を気兼ねなくスケッチできるからである。一枚の絵を描きだすにも、表には見えない幾つもの準備がなされているわけだ。
 本書の特徴はそれぞれのスケッチにミニエッセイが添えられていることである。数行の短い文章だが、その絵がどのような心境で描かれたのかをそっと知ることができる。スケッチより目立つことはないが、縁の下でその絵を支えている──そんな言葉である。絵は言葉を支え、言葉は絵を支えている──そのバランスが絶妙だから心地良い。日々の小さな幸せをテーマにした、心和ませる絵日記を、ぜひ一冊お手元に。



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