『燃えないゴミ』という書籍タイトルを見て、あなたの頭には真っ先に何が浮かんだであろう? この本は、大量生産・大量消費のゴミ列島日本に警告を発する環境対策本でもなければ、燃えないゴミの画期的な処理方法を開発する過程を描いた科学ドキュメントでもない。本書は“ひきこもり”と呼ばれる生活を送るようになったある青年の赤裸々な手記であり、告白本という範疇を超えた深遠な人間論である。
そう書いてしまうと、何やら哲学的な思想に満ちた堅苦しい本のように思えてしまうかもしれないが、そんなことは全くない。文章は理路整然としていて──それは難解な言葉に頼った産物ではない──読みやすく、最初の数頁だけですぐに作品世界に入っていける。分かりやすいだけに留まらない、この親しみやすさはどこから来るのか……。答えは明白である。“ひきこもり”というテーマに主眼は置かれているが、著者の意識はそこにのみ注がれているわけではなく、随所で、世間一般の誰もが陥りがちな心の落とし穴に触れているからである。
心の落とし穴とは何によって生じるのか──その多くは人間が持つそれぞれのコンプレックスに起因している。少なくとも本書からはそう読み取れる。何故なら著者は自らをこう形容しているのだ! 「中学中退で鼻炎喘息猫背O脚近眼虚弱体質口内炎持ちでネクラでヘタレでオタクで吃音者で変態で童貞で包茎で無職の“ひきこもり”」──ここまで己を客観視できるとは大したものである。ほとんどの人間なら最初の数個を挙げた段階で、それ以上数え上げるのを放棄してしまうだろう。そうならないところに、著者・先矢真事朗氏の強さがあると思うのだ。
弱い人間が“ひきこもり”になる、という考えは間違いであることを彼は証明している。弱い人間なら自分が“ひきこもり”というレッテルを貼られること自体を恐れ、毎日、外へ出る生活を必然的に選んでいくだろう。そうならなかった彼を単純に強い人間と呼べるかどうかは別にして、少なくとも先矢真事朗氏は弱いだけの人間ではなかったということだ。
このポイントは、彼の人間的魅力を語る上で重要になってくる。これだけ多くのコンプレックスを自覚し、“ひきこもり”という──世間からは特異な目で見られがちな──生活を送っているにもかかわらず、著者の言葉一つひとつには人間臭い魅力があるのだ。己を正面から見据える勇気が、彼の発する言葉に説得力を与えているのである。人間・先矢真事朗をもっと知りたいと少しでも思った人たちへ──。本書を一読することを迷わず勧めよう。 |
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