女性が紡ぐ詩の世界 女性が紡ぐ詩の世界
 写真を趣味にする人は多くいると思いますが、その中には人物の表情を写すのが得意な人、風景写真を専門にする人、動物の神秘を追い求めシャッターを切る人など、さまざまなフィールドで活躍する写真家がいます。
 今回紹介する中嶋正人さんは、蝶の姿を撮り続けてきた写真家です。山野での蝶たちのふるまいからは、小さな生きものたちが、それぞれに必死で生きている姿が見えてきます。そこで目にする「生命のふしぎ」に魅せられた中嶋正人さんは、蝶を写すたのしみと感動を多くの人に伝えたいと思い、『「写蝶」のたのしみ 〜レンズのむこうに見えるいのちの不思議〜』を著しました。“写蝶”とは文字通り、蝶の真実の姿をフィルムにおさめること。この写蝶を通じて、中嶋さんは、自然の生態系を肌で感じ取るとともに、小さな生物の生き方を人間の一生に重ね合わせながら、シャッターを押し続けてきました。
 中嶋さんは、こんな感想を述べています。山野に生息する生きものに関して、いままで書物や映像から得ていた情報には、実際とは異なる部分もあり、固定観念にとらわれた見解も存在している、と。その固定観念は、既存の情報の中にだけでなく、自分自身の中にもあるものだと気付いたそうです。その思い込みをはらいのけ、現実を解釈しなおしていく過程にこそ、深みと面白みがあるのだと著者は語ります。
 蝶の写真をただ撮るのではなく、そこから何かを学んでいく姿には、ひとりの人間としての尊さがあります。本書を通じて、いろいろなことを考えさせられる読者も多いのではないでしょうか。

gate-03/詩・短歌・俳句 命のプレゼント
 「蝶をフィルムにおさめたい!」──その一心で、著者の中嶋正人さんは、自然の感じられる山野へと足を運び、優雅に羽ばたく蝶の写真を数多く撮ってきた。この趣味に“写蝶”と呼び名が付いていることからも、中嶋さんが蝶や自然を心から愛し、自然観察とその撮影をライフワークにしていることが窺える。
 そんな中嶋さんだから、子供の頃から蝶に関心を持っていただろうと想像してしまうが、実は昆虫少年ではなかったのだそうだ。中嶋少年が育った岐阜の土岐は、美濃焼の産地である。陶器を焼くには火力の強い松材が重宝されたため、近くの山々の松は切り出され、大木がほとんどない状態だったという。そのせいもあって、昆虫にのめり込む経験がないままに、時は流れていった。しかし就職で上京し、高尾山に出かけた時、田舎では見かけなかった蝶が気になりだし、中嶋さんは小学生時代に先生から教わった“鱗粉転写”を再開したのだそうだ。ただ、鱗粉転写では光沢がなかなか写し取れないこともあり、何か他の方法を模索し始めた。そんな時、「写真という手がある」とひらめいた──これが中嶋さんにとって“写蝶”の始まりである。
 シャッターチャンスを逃さない、優れた写真家であるためには、まず蝶の動きや習性を丹念に観察する眼が必要である。例えばオオムラサキは一般的にクヌギの樹が好みのようだが、この眼で観察を続けた著者は、同じクヌギでもオオムラサキが来る樹と来ない樹があることに気付いた。オオムラサキが寄って来やすい条件として、その樹が林緑にあること、樹液が出ていること、そして、近くに樹の葉で覆われていない“空に抜けたオープンな空間”があることを挙げている。ただ樹液が出ているだけでは充分でなく、その場所を監視できる見晴らしの良いスペースを併せ持つことが必要なようだ。
 確かな観察眼に加えて、著者は発見した事柄をわかりやすい表現で文章化する力も持っている。オオムラサキが幹の周囲を回るように飛び、樹液から少し離れた場所に止まった後の様子を、こう伝えている。「そこから黄色い口吻を伸ばして、羽をパタッパタッと開閉させながら、歩いて樹液の場所に移動していく。まるで『オレさまが通るんだ、道をあけろ! 控え居ろう』とでも言わんばかりの態度だ」と。眼で捉えた事象を正確に描写するだけでなく、そこに想像力を働かせて自分の言葉に変えていく感性──これは、どの瞬間をファインダーにおさめたら美しいか、というカメラマンとしての芸術性にも繋がっているのではないだろうか。シャッターチャンスを見極める判断力と、美しさを追求する芸術性のバランスが写真の出来を左右することを、中嶋正人さんはよく心得ている。
 もちろん本書では、写蝶に対する心構えについても触れられている。樹液が出ている場所で食事中の蝶たちを撮るのはさほど難しくないそうだ。時には、そっと手を伸ばせば羽を持つこともできるという。しかし「どうせ撮るなら羽を広げているところも……」という写真家の本能が顔を覗かせる。蝶の魅力のひとつは、何といってもあの美しい羽の色と模様である。シャッターを切る側の要望は膨らむばかりだが、蝶はそんな人間の気持ちもつゆ知らず、マイペースを貫くばかり。こんな時、中嶋さんは「じっくり構えて待つ姿勢」を大切にしているそうだ。“急いては事を仕損じる”の精神で、蝶の気が向き、羽を広げるまで、どっしり構えるのである。すると羽を開いたり閉じたりする瞬間がちゃんとやってくる。これは長い時間同じ姿勢をとっていた人が伸びをするような感じに似ているという。待っていれば、望んだ瞬間が訪れることを、中嶋さんは長年の経験から習得しているのだ。
 蝶のカラー写真が巻頭に数多く掲載されているのが本書の特徴であるが、興味深いのは、自作の俳句が巻末に載せられている点である。中嶋さんは若い頃に「古い日本の詩歌に蝶が詠われていないだろうか」と調べたことがあるそうだ。『万葉集』の中ではなかなか見つからなかったが、和歌に比べて俳句には蝶が時々詠み込まれていることを発見したという。そしていつしか自分でも「蝶」を詠った俳句を作り始めた。「黄蝶の黄/秋気吸いたり/いよよ濃し」──秋生まれのキチョウのオスの黄色は非常に新鮮で濃く感じる──そんな印象を詠んだ句である。
 カメラを通した蝶の姿だけが“写蝶”ではない。こうして言葉によって蝶を表現することも“写蝶”のひとつだと中嶋さんは考えるようになった。幅広いアプローチで、蝶の生きる姿を表現した本書は、芸術性に富んだ1冊であるとともに、人生観の見直しにまで通じる、奥深い自然観察フォトエッセイである。



戻るBack number
Copyright(C) bungeisha co.ltd.
produced by NETWAVE Co. Ltd.