| 人はそれぞれに多種多様な趣味を持っているものですが、絵画を趣味にする人は、一生をかけて続けている人が多いように感じます。絵の楽しみや奥深さを追求していくと、自然にそうなるものなのかもしれません。今回紹介する二冊の画集『目で味る楽画集』(伊藤公夫・著)、『野の花を見つめて』(柴崎啓次郎・著)は共に長年、時間をかけてスケッチを続けてきた著者の作品です。その軌跡は、まさに人生の道程に通じるものがあります。順調に進んでいる時、壁に当たった時……その一瞬に感じたさまざまな想いが、一枚一枚の絵に映し出されています。そんな二人の根底にあるのは、子供の頃から絵を描くのが好きだったこと。絵筆を握っている時に無心になれる感覚が心の奥にしっかりと刻まれているからこそ、歳を重ねてもその感覚を持ち続けることができるのでしょう──。繊細かつやわらかなタッチで描かれた二冊の画集を見ながら、秋の夜長をすごしてみませんか。 |
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定年退職し、残りの人生を楽しもうと思っていた矢先に著者は伴侶を失い、孤独感に襲われる中、何をしても空しい日々が続いた。そんな時、絵を描くことが好きだった子供の頃の記憶が著者を救った。童心を思い出し、再び絵を描いてみようと思い立ったのだ。果物や花をモチーフに描き始め、スケッチブックが8冊になった頃、ふいに「誰かに見てもらいたい」という気持ちが芽生えた。その時をきっかけに『目で味る楽画集』が生まれた。タイトルには、目だけでなく、味(美)覚で絵画を味わってほしい、という想いが込められている。
ほとんどの絵においてモチーフは紙面の中心に描かれており、見る者の目は直感的に主題をとらえることができる。著者は、新鮮な果物が有する瑞々しさや、光の当たり方によって変わるその表情を的確にとらえ、キャンバス上で表現していく。林檎にもさまざまな種類がある。“ふじ”、“王林”、“世界一”の三種類を一枚の絵に収めた作品では、表面の質感の違いが巧みな筆遣いで描き分けられている。モチーフは果物だけに止まらない。“ぼたん”や“山ゆり”、“コスモス”など、季節を彩る花々もモデルになっている。物言わぬ果物や花の言葉が聞こえてくるような、癒しの画集である。 |
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国鉄に入社し、鉄道マンとして過ごしてきた著者は、現場を離れた後、その誇りを胸に、東京駅丸の内北口で国鉄旧庁舎をスケッチした。その時、描き上げた水彩画が現在も心のよりどころになっているそうだ。「現場長日記」と名付け、その時々の“野の花”を描き、思うがままに心境を書き添えてきたその足跡は、やがて「所長日記」となり、現在は「民間人日記」として息を続けている。野の花を見つめ、己と語り合うこの時間こそ、一切の雑事を忘れる絶好の機会であり、著者はこの“ひととき”をいつも大切にしている。
その過程で生まれたスケッチは、地域の「文化のつどい作品展」に出品される運びとなり、ここで好評を博した400枚の絵の中から精選された作品が、ほのぼのとした画文集に生まれ変わった。画文集といえば、絵が主役で、言葉は添えられる程度というものも多い中、著者の作品では言葉も絵に勝るとも劣らぬ重要な役割を担っている。素朴な水彩画と、達筆な文章が絶妙なバランスで互いを支え合っているのだ。描き続けて20年、著者の心境は「畦道を歩むに等し我が道は、虫の音支えに細々と生き」という言葉に辿りついた。絵筆を持つきっかけになった妻のひとことに今も感謝する一人の男の想いが胸に迫る画文集である。 |
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